2017年ゴルフ総括

2017年の私のゴルフは早々と終焉した。
先ず5月に行われた「関西ミッドシニア選手権」は、あえなく予選敗退。
9月にジョイックス(ホームコース)で行われたシニア選手権は予選通過し、一回戦は勝利したものの準決勝で完敗。
10月に開催された加古川ゴルフクラブ(本年3月に新規入会)でのシニア選手権は予選通過を果たしたが、一回戦で敗退。
ここ数年悩み続けていたショットは良い感触を掴みつつあたが、ゴルフ自体が下手だった。アプローチ&パットを含めたゴルフ全体が良くなかった。良い日とそうでない日が極端だった。いわゆる安定感に欠けていた。
今から準備をし、来月から来年に向けて本格的に始動するつもりである。
心・技・体を鍛えなおす。
目標
① ジョイックスのグランドシニアチャンピオン(三階級制覇。レギュラー&シニア&グランドシニア)◎
② 関西ミッドシニア予選突破〇
③ 関西グランドシニア予選通過◎
④ ジョイックスシニア選手権〇
⑤ 加古川ゴルフクラブグランドシニアチャンピオン〇
先日斉藤先生からメールを頂いた。
《香山さん!香山さんが100歳になても一緒にラウンドしましょうね》

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煙草雑感

阪神淡路大震災の前であったから、煙草を止めてもうかれこれ四半世紀になると思う。そもそものきっかけは胃潰瘍を患い吐血し、洗面所で気を失っているのを家内が見つけ、救急車で市内の病院に運ばれ緊急入院をした。そこで治療のために内視鏡で止血注射を打たれたのであるが、その痛さは今も記憶の中にある。その頃は多忙を極めており、ゆっくりしなさいとのお告げだと思い、少し長めに病院に留まった。
点滴を打ちながら、自然治癒力も考慮した断食療法を施した。その間空腹で、夜就寝中にカレーライスやおでんとかうどんが夢の中に登場してきた。
日本に煙草が伝来したのは多分にコロンブスの影響を受けた、16~17世紀だと記されている。歌舞伎や時代劇においてキセルで刻み煙草を吸うシーンをよく目にする。例えば成田屋の助六、吉右衛門の鬼平、どれもこれもその粋さに惚れ惚れする。
私が最初に喫煙したのは浪人生のころで、場所は祇園の八坂神社、吸った銘柄はショートホープだった。その後銘柄は様々な変遷の末、最後はラークマイルドだった。いま日本の煙草の平均価格は440円で、そのうち国税地方税合わせて277円が税金だそうだ。
日本人の成人喫煙率は男子が30.1%、女性が9.7%だそうで、男性はその%は減少しているが、女性は増加しているとのこと。
最近流行しているものに電子タバコなるものがある。詳しくは知らないが、喫煙者にも受動者にも及ぼす害が少なく、私の身の回りの喫煙者も半分近くが電子タバコを愛用している。とは言え喫煙は百害あって一利なし、は明白である。特に女性、肌は荒れるし、未婚者にとってやがて生まれてくる子供のためを思うなら、いますぐ禁煙すべきである。
うら若き女性が電子タバコを口にしている姿は、見るに堪えがたいものがある。

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ちょっとお知らせ

10月1日をもって、八幡コーポレーション株式会社と株式会社リフォーム兵庫を対等合併しました。社名は「八幡コーポレーション株式会社」で、資本金9千万円、従業員70名の企業が誕生しました。社長は藤木嘉人が務めます。河野隆志はリフォーム事業の責任者、新築部門の責任者は秦重樹が担当します。
合併の目的は二つです。ひとつは、各企業それぞれに点在していたリフォーム事業を集約し、より付加価値の高いリフォーム事業を展開することです。様々なシンクタンクが「2020年には新築着工戸数60万戸時代が到来する」と予測しており、その状況に対応するためです。そして、もうひとつは財務体質の強化です。
この合併は我々の都合で行いましたので、お客様には今までと変わらず、それ以上のサービスをお届けしなければなりません。
私の事業経営に関する基本的な考えをまとめた「18か条の憲法」の最後に、「物事は、修・破・離で形成されてゆく。野焼きこそ【破】であり、【離】すなわち新しい芽である」と記しています。
個人も集団も色々な知識や経験を重ね、学んでゆきます。いわゆる【修】です。そして、ある程度の成功を収めた者は、無意識に今までのやり方や考え方を踏襲します。しかし、それが徐々に形骸化し、世の中のトレンドや価値観と合わなくなっていきますが、本人も組織もそれに気がつきません。故に【破】が必要になってきます。若草山や秋吉台の山焼きのように、です。そこから新芽が吹き出し、個人も組織も活性化されます。それが【離】です。
【修】【破】【離】は繰り返さなければなりません。西洋哲学でいう【正】【反】【合】の弁証法と酷似するところがあります。
八幡コーポレーションとリフォーム兵庫は、企業文化も規範も相反するところが存在します。合併という【破】で、一度根底から破壊し、新鮮な文化や規範を創っていきます。しかし、両社のお客様に対する規範と行動は共通していますので、一年もかからないうちに新しい芽が芽生え、良い企業になると信じています。

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解散総選挙

最初に解散総選挙、という言葉を耳にした時には正直デマかな?と疑った。
が、それが現実になった。
大義なき解散といわれているが、大義はなくとも理由はある。
《今なら勝てる》今を逸したら勝てない解散、である。
安倍さんには裏にしっかりとした参謀の影が見え隠れする。
北朝鮮問題を筆頭に、国内外には課題が山積している。それらを三ヵ月の間空白にしてまで総選挙を行う理由は何一つ見当たらない。あるとすれば、《今なら負けない》しかない。
安倍さんは、憲法改正と国連常任理事国に名を連ねたいのである。国民の生活など全く関心がないように見受けられる。
幸いにも我が国は良い悪いはともかく、盤石の官僚組織が存在する。国会議員や名前だけの大臣などいなくても何一つ国営に影響を及ぼすことはない。
選挙は蓋を開けてみないとわからないが、果たしてどのような結末が10月22日に見られるか楽しみである。
国民がどんな判断を下すのであろうか?我々を愚弄し続けるのであろうか?
とにかく、投票所に足を運んでください。

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金木犀

この時期になるとどこからともなく、あの甘酸っぱい金木犀の香りが漂ってくる。
漂ってくると私は30年前にタイムスリップしてしまう。
JC、所謂青年会議所の理事長を仰せつかり、その1年後に次の理事長にバトンタッチしたのがちょうど、この時期金木犀の香りに包まれた中での出来事だった。JCでの理事長としての経験は私のその後の人生に大いなる影響を及ぼした。
リーダーとは?経営とは?企業の在り方とは?人間とは?生きるとは?
数え上げたら枚挙に暇がない。
ふと周りに目をやると、播州地方に祭りを告げる赤や青のシデが立ち並んでいる。
本格的な秋の到来である。
こうして季節は我々の意志とは無関係に移ろいで行く。 

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彼岸花

明日は(23日)お彼岸の中日である。で、ヒガンバナについて調べてみた。
ヒガンバナは別名、リコリス、曼殊沙華と云い、ユリ科に属した多年草の球根性植物である。
アルカロイドという毒性が強く、経口摂取すると吐き気や下痢を起こし、ひどいときは中枢神経の麻痺を起し死に至ることもある。
異名が多く列挙してみると、死人花、地獄花、幽霊花、剃刀花、狐花、捨子花等々…
どうやらあまり縁起の良い花ではなさそうである。そういえば、私が子供のころ彼岸花を摘み自宅に持ち帰ると亡くなった祖母に、「不吉な花だから捨てて来なさい」と叱られたものである。
今年は事のほか暑さが厳しい夏だった。その暑さが和らぎ、朝夕がひんやりし始めると、いつのまにか私の住む田舎町の田んぼの畦には真っ赤なヒガンバナが咲き乱れる。季節の移ろいを感じ、秋の到来をはっきりと自覚する瞬間である。
仏教の世界では《彼岸》とは《悟りの世界》という意味である。
残された10年足らずの私の人生であるが、あわよくば彼岸に到達したいものである。
明日はお墓参りに行こう…

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9月12日の講座から

『世界に飛び出そう!』と題して、飯島義雄氏にお話して頂いた。
氏は前姫路市副市長で、現在は関西学院大学院客員教授、兵庫県立大学特任教授をされている。氏との邂逅は、私共で建設した『サービス付き高齢者住宅』の竣工式に、当時社会福祉協議会の理事長をしておられ、その席上でお会いしたのがきっかけである。
氏の経歴を簡単に紹介すると東大経済学部を卒業し、現総務省当時の自治省に入省後、世界50か国を仕事で歴訪。福井県の副知事、その後ふるさと姫路に戻り副市長を4年勤め現在に至っておられる。
パレスチナにおける選挙監視団や北京事務所の設立にかかわられた時の苦心談は我々の心を大いに揺さぶるものがあった。
また氏はふるさと姫路をこよなく愛し、姫路の現況を苦慮するとともに、未来についても熱く具体的な方策を我々に語って頂いた。
一番は若者が世界に飛び出す勇気を持つことである。飛び出すといっても、世界に行くことだけが飛び出すのではなく、ITを駆使し、グローバル化を図ることが重要である。姫路は日本一、いや世界一裕福な都市である。それが災いして行政も市民も危機感がない。フランスのモンサンミッシェルにも勝るとも劣らない姫路城という世界遺産をもっと活用し、官民上げて観光に全力で取り組むべきである。播磨地方が輩出した数々の偉人たちに負けないよう一人一人が自覚をもって取り組めば、目の前に迫っている超高齢化社会や人口減少にも充分対応することが可能であると、持論を展開された。

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どうなる?ひよっこ

NHKの朝ドラ《ひよっこ》もあと二週間を残すところである。継続して高い視聴率を誇っている番組も終焉を迎える。
茨城県の片田舎から様々な事情の中、上京する羽目になった田舎娘たちの純情物語である。
我々と全く同世代の乙女たちが、色んな人々との出会いの中で、何を想い何に怯えながら生きているのかを表現したドラマである。
《あまちゃん》で本格デビューした《有村架純》が主人公であるが、宮本信子を初めとするベテラン俳優たちがしっかり脇を固め、なかなか見ごたえのある内容になっている。
観る時間が合わないときは録画をしながら、一話も見逃すことなく今日まで来ている。良い悪いという基準ではなく、現代の若者たちの価値判断とは大きくかけ離れているように感じる。若者たちの琴線を揺さぶることが出来たであろうか?
宗男おじさんの花作りはうまくいくのだろうか?
お父さんは果たして記憶を取り戻すのだろうか?
愛子さんとシェフは結ばれるのだろうか?
世津子さんは本当の幸せを見つけられるのだろうか?
三男君は誰と結ばれるのだろうか?
時子は女優として自立するのだろうか?
果たしてみね子のこれからの人生は?
二週間後を早く覗いて観たいような、終わって欲しくないような……

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本日、2017年8月29日、再び北朝鮮がミサイルを発射した。
発射されたミサイルは北海道の上空を通過し太平洋に着弾した。
米朝は一触即発の状況である。

ある日の朝のサミットでの戯言。
私「本当にいつ米朝間で戦争が勃発しても不思議でない状態だなあ」
H氏「戦争になっても仕方ない、1週間で片が付く」
私「そんなことを言っても昨年閣議決定された平和安全法とそれに関する国際平和支援法に基づいて、日本も韓国とアメリカと一緒に戦争に加わることになる」
I氏「それは当たり前、安保もあるし」
私「アメリカに膨大な防衛費も支払っているし、基本的には米朝間の問題だから」
H氏「日本がアメリカ並みの軍事力を整備するには、今の予算の何百倍必要になる」
私「我が国は憲法で戦争を放棄しているのだから軍備などしなくていいのでは」
I氏「今の日本人は平和ボケしている。軍事力は必要である」
私「あなた方の子供や孫が危険に晒されてもいいのか」
H氏「そんなことにはならない、そのために自衛隊があるのだから」
I氏「もしHが誰かにからまれて暴力を奮われたら私はHを助ける、それと同じである。アメリカとの関係は」
私「アメリカ人も朝鮮人もイスラム人も黒人もそして日本人も命の尊さは同じである」

百日紅が夏の終わりを告げ、秋を迎えている。
米朝戦争が勃発すれば、自然界の移ろいを愛でることもなくなり、孫から笑顔も消えることになる。
核爆弾の唯一の被爆国としてあらゆる手段を尽くして戦争だけは回避すべきである。
それが日本人の務めである。

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晩夏の薬師寺

私の友人の一人である釜田氏が地元の企業を定年退職後、一念発起して自身の母校である「龍谷大学」に大学院生として入学し、そこで邂逅しご縁を頂いたのが、現薬師寺執事長である「加藤朝胤」先生である。先生には過去二度志澤塾に来て頂き講話をして頂いた。今回は塾生と希望者数名で薬師寺を訪れた。お盆も過ぎた残暑の厳しい日だった。
  薬師寺は法相宗の大本山であり、天武天皇により発願、持統天皇によって本尊開眼されたと伝えられている。ご本尊は薬師如来で、日本に現存する如来像のうち、最も古く国宝である。両脇を月光菩薩、日光菩薩に守られたお薬師様の表情を拝顔するだけで、体も心も洗われる思いである。加藤先生直々に、西塔、金堂、大講堂、食堂と案内を受け、工事中である東塔の中も見せていただいた。我々の為に献立して頂いた昼食を摂る。食前には感謝の心を込めて五観の偈と六方礼拝を唱え合唱した。
昼食後京都大学でインド哲学を主に研究しておられる石垣女史による、解脱「悟る」とは?についての講話を聴く。悟りとは、自分自身で得るもので、決して他人によって得ることは出来ない、自分や他の全ての物事から解放され執着する心が無くなり、心も体も安らかな状態になることである。また、仏教と儒教と道教の違いについても分かり易く教えていただいた。
お写経道場に移動し20名の塾生たちは、それぞれに丁子を口に含み香象を跨ぎ身も心も清め、輪袈裟をし、様々な雑念の中で276字の般若心経のお写経を行った。
いよいよ加藤先生の法話が始まる。今回は、《般若波羅蜜多心経の心》についてお話して頂いた。魔訶とは大いなるという意味で、般若とは知恵、波羅蜜多は幸せを戴くためにという意味、心は中心、経は教えである。要約すれば、大いなる知恵により、幸せを戴くための中心になる教えが、般若心経の中に記されている。つまり我々が生きていく上においてどうすれば、どのような考え方で過ごせば、幸せで豊かな人生を生き抜くことが出来るかを説いているのである。
とらわれないこころ・かたよらないこころ・こだわらないこころが人を幸せに導くキーワードである。
~ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲~(佐々木信綱)
秋にもう一度訪れたくなった。

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