我がゴルフ人生

私が最初にラウンドをしたのは大学4年の夏だった。友人3人と函館に住んでいる友人を訪ねる旅で友人宅に宿泊したときに、暇を持て余していたのを友人の親が見かねて、近くのゴルフ場にでも行ったら、と進めてくれたのである。それから約半世紀を迎えようとしている。
本格的にゴルフと向き合い取り組みだしてから30年が経過した。
事業経営も趣味も私は根っこは共通する部分が多いと思っている。企業を今より少しでも良くしたい、と願う強い心とゴルフが上手くなりたいという願望が強いと、様々な情報やいろんな人とのめぐり逢いが自然のうちに生まれてくる。但し、それらに気が付かない人間があまりに多く、仮に気が付いても実行しない人がほとんどである。
ゴルフの場合、私は《ハンマー打法》と巡り合い、ゴルフのパラダイムチェンジを行うことが出来た。そして、平成13年(2001年)52歳の時、当時の上月カントリー(現ジョイックスゴルフクラブ)においてクラブチャンピオンに輝いた。その後も何度かチャンスはあったが勝利することは出来なかった。その後シニア部門にシフトし、平成23年24年とシニアチャンピオン2連覇を達成したが、3連覇はならなかった。そして今年グランドシニアの仲間入りをしたのをきっかけに挑戦し勝利に臨んだ、あえなく準決勝で敗退した。今期は是が非でも勝ち、3階級制覇を達成したかったが、悔しいの一言に尽きる。
一方KGU(関西ゴルフ連盟)が主催する公式戦にも出場し続けている。
関西アマ、関西シニアは一度も予選を通過することは出来なかったが、65歳を過ぎるのを待って出場した関西ミッドシニアには、5年前と今年は予選を通過し本戦に臨んだが上位には入ることは出来なかった。今年から出場資格を得た関西グランドシニアは、かなりの自信をもって出場したが、予選を通過することすら叶わなかった。
考えてみれば平成という時代は私のゴルフ人生において最も楽しくかつ有意義な時期だった。
来年5月には新しい年号になる。云わば集大成の時が来た。
人生もゴルフもゆっくり下山して行く。

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米のささやき

今年の八月に龍力を訪れた。本田眞一郎氏に会うためである。
本田氏とは約30年前JC、所謂青年会議所時代に知り合ったのであるが、当時彼は姫路青年会議所の理事長で、私は龍野青年会議所の理事長を仰せつかっていた。
西播5JC(姫路、相生、赤穂、神崎そして龍野)として様々な活動を展開していた。会合の後食事を済ませ、その足で姫路の夜の街へ繰り出し、一緒に歩いているとあちらこちらから「しんちゃん」と声が掛かったものである。5~6年前に、彼が所有するマンションの改装をさせていただいた時お礼に伺い、あの当時の事を話してみたが、今はほとんど魚町に縁がないそうである。
11月13日の志澤塾のゲスト講師をお願いすると、快く引き受けていただき今回実現する運びとなった。
『米のささやき』は偶然と本田氏の日頃の熱い問題意識から誕生した。
出入りの運送業者の人が、たまたま樽から滴り落ちる原酒を口にしたところ、たいそうまろやかで口当たりもよく《おいしい》の一言がヒントになり、本田氏のこのままでは酒屋は先細りになり立ち行かなくなる、何とかしなければ、と言う強い想いとが重なり、試行錯誤の末商品化することが出来、大吟醸『米のささやき』が産声を上げ今日の大ヒット商品となり、多くの人に親しまれるようになったのである。
今まさに混沌とした時代を迎えている。一つは《アリババ》《アマゾン》《ゾゾタウン》《ソフトバンク》等々に称されるIT,AIを駆使するサービスや商品を立ち上げる戦略、今一つは人間の本性や琴線を揺り動かすような商品やサービスを創り上げ「オンリーワン」を目指す戦略である。
どうやら本田氏は次の商品づくりを思考中のように感じた。
我々も早急に考えを特化し協調し、追従を許さない商品サービスを世の中に送り出さなければいづれ消滅していくだろう。
平成の世もあと半年もない。次の世代に向かって踏み出して行こうという勇気を頂いた晩秋の午後だった。

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安田純平氏の事

世間が安田氏の一連の事柄について騒がなくなったので私見を述べてみようと思う。
彼はフリーのジャーナリストである。一橋大学を卒業の後、信濃毎日新聞に入社。2003年から現在のフリージャーナリストとして活動をしているとのこと。
かつてシリアに潜入した際にも何度か拘束されている。
彼は自身のジャーナリスト魂と真実を報道する使命感や正義感を醸し出しているような言動や発言をしているが、私は少し捻くれた見方をしており、利の匂いが漂ってくる。
中東の現状は確かに我々の想像を遥かにこえるものであるとは思う。しかし、彼にその現況を知らされたとしてもどうすることも出来ない。それがたとえ命がけの取材であっても。おそらくは日本政府も渡航禁止区域であり、ビザは発給していないと思う。それを無視して正義感を振り回されても、ハイそうですかとは私は言わない。己の利の為に潜入したとしか思えないのである。取材をし、それを書物として出版したり講演をすることによって、彼はそれなりの利益を得ることは自明の理である。
命があって無事帰国されたことは大変喜ばしいことであるが、その裏で多額の政府からの拠出金があったと推測することはむしろ当然である。過去の様々な人質事件を検証するまでもないことである。アラブの武装勢力と称される集団は、その事を生業にしているのだから、全くの無償で返還されたなんて誰一人思っていない。
安田氏が人道的立場から今後も日本や世界の為に貢献したいのなら、ボランティア活動をすればよい。世界には貧困や飢餓で命を失っている人たちが何十億と存在している。
そして日本政府もすべてを明らかにし、今後これに類する事件には毅然とした態度で臨んで欲しい。自己責任という見解を明確に示すべきである。
私の私見は間違っていますか?

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平成最後の野球総括

日本シリーズが終わり、今年のプロ野球も終焉である。終わってしまえばソフトバンクの圧勝だった。今年の日本シリーズ程熱心にテレビ観戦したことはなかった。1、2戦を見る限りでは広島に相当期待したが、3戦目以降は広島に付け入る隙を与えなかった。ソフトバンクだけの強さが目立ったシリーズだった。走・攻・守どれをとっても僅かではあるがソフトバンクの方が一枚上だった。特に目を見張ったのが《甲斐》捕手。見事と言うしかなかった。広島の足を完全に封じ込めた。それでも果敢にサインを出し続けた緒方監督も称賛に値する。それにしてもこの二つのチームは素晴らしいチームだった。本当にいいチームである。浅学な私が見ても、両監督の采配ミスは見当たらなかった。当分ソフトバンクと広島を中心にプロ野球は展開されていくだろう。
パ・リーグの試合は見ていないので分からないが、セ・リーグに関して言えば、巨人・阪神は全くだらしがなかった。褒めるとすれば、《岡本》という楽しみな選手が現れたぐらいで、更なる来年の活躍を期待し、日本を代表する選手に成長して欲しいと願っている。
来年、セ・リーグは監督が三人交代する。与田氏は未知数だが解説を聞いている内容から判断すると面白いかもしれない。根尾選手も引き当て運も良さそうである。立浪のような選手になってくれることを願っている。
一方巨人は、困った時の原頼み、の感がしないでもない。私は原をそんなに名監督とどうしても思えないのである。無難という表現に留めておく。
さて阪神であるが、この3年間でボロボロな集団にしてしまった《金本監督》の責任は重い。誰一人として来年以降期待できそうな選手を育てていない。ダメにした選手の方が多いのは情けないの一言に尽きる。《藤浪》《中谷》《高山》《鳥谷》…等々
バトンを継ぐ矢野新監督は、最初は同じ路線のようでいよいよ阪神暗黒時代の到来かと思っていたが、その後様々な耳に入ってくる情報から判断すると、来年は無理かもしれないが、その先は大いに期待が持てそうである。先ず読書家であるらしい。聞くところによると『アドラー心理学』に精通しているとの事である。タナ・キク・マル・スズのように少しでも早く打順を固定し、四番打者は外人に頼らず日本人を育てて欲しい。近代野球は釈迦に説法かも知れないが、投手、それも最後のクローザーから組み立てるべきである。センターラインを強化し固定するべきである。
ヤクルトの活躍は誰が予想したであろうか?ほとんどの評論家の順位予想は、5,6位だった。宮本ヘッドコーチの加入は大きいと言わざるを得ない。またDNAのラミレスも大健闘である。
まだまだ日本では野球ファンが多い。そのファンのためにも来年はもっともっとワクワクするようなゲームを我々の前で繰り広げて欲しい。一野球ファンの私からのメッセージである。

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無量山願寿寺住職 藤井章乗氏のお話

私の自宅から少し大きな声を発すれば届きそうな所に、願寿寺は位置している。伽藍も立派で築後150年位経過しているとのこと。開祖となると450年前、桃山時代にまで遡り、現章乗住職で18代目に当たるそうである。当時はほとんどのお寺は塾としての存在で、その後時代を経て寺として変遷していった。
子供の頃私たちは境内でソフトボールをしたり、ご本堂の屋根裏に登ったり、また見つからないように池の鯉を釣ったりして遊んだものである。時々は今の住職のお父さん(今年92歳で亡くなられた)慧乗前住職にお目玉を食らったこともあった。
仏教は聖徳太子の時代に大陸から伝来したのであるが、当時仏教は貴族や武士やまたお坊様の間でしか共有されていなかったのであるが、法然上人や親鸞の出現でその教えは一般庶民の中にも浸透していくのである。幾度かの迫害に遭いながらも浄土真宗は、親鸞から蓮如へと受け継がれ、今日に至っている。
章乗住職のお話は、私の想像を遥かに超える深い内容だった。
我々は【縁】の中で生かされている、その【縁】に感謝し仏様に帰依することが大切であり、人間が生きていく証であり価値がそこに存在するのである。
一言でいえば上記の如くである。
その考えは宇宙観そのものであり、《空》《無》に酷似する部分が多い。
我々は【縁】の中で命を頂いている。我々だけでなく自然界全ての生き物に命がある。はたしてあと何年その命を頂き続けるかは誰も知る由もないが、その時まで生きてみようと思う。

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嘘のような本当の話 ~番外編~

この間自宅のテラスの窓ガラスを開けると、何か朝日に照らされた黄金色の物体がちょろちょろしながらこちらを覗き込むように見ている。よく見ると《アンちゃん》である。
《ジュン(母猫)》・《タロウ》・《アン》三匹の猫ちゃんたちは、それぞれに元気よく暮らしているようである。
最も懐いているのは《アンちゃん》で、広い倉庫の中で呼ぶと、首につけた鈴を鳴らしながらどこからともなく現れてくる。もちろん抱っこして頬ずりをする。
二番目が《タロウ》で、最近やっと抱っこさせてくれるようになった。しかしながら《タロウくん》と呼んでも車の下からなかなか出て来ない。
未だに懐いてくれないのが《母親のジュン》である。少々寂しい想いをしている。
先日会議でニューマテリアル兵庫姫路本社に行くと、前述したH女史が、
「会長、私のこと信じていなかったのですね」と言う。
「11時には帰ってくるのですよ、と言うと必ず帰ってきます」の件(くだり)について、私が他の社員に裏を取った、と記していたからである。
今は全面的に信じている。
人間の言葉が分かる、とんでもない猫ちゃんたちである。

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嘘のような本当の話

グループ会社の一つである「ニューマテリアル兵庫」の物流センターが山崎町にある。その倉庫の中で、どこからともなく迷い込んだ一匹の猫が、二匹の子猫を産み落とした。
私は親猫に《ジュン》と名付け、子猫たちにそれぞれ《タロウ》《アン》と命名した。それから4年が経過した。私に一番なついているのは《アン》で《タロウ》《ジュン》の順番である。
働き方改革をグループで推進している関係上、土曜日、日祝日、お盆休み、年末年始は当たり前の話だが会社はお休みになる。だからそれらの日は私達夫婦が猫ちゃんたちのお世話をするのである。餌遣り、トイレの掃除、お水の交換等々である。
しかしながら、土曜日の午前中だけは職人さんや緊急の配送のため、残業支給の対象外の幹部たちが当番制で出勤するシフトを組んでいる。
この間の土曜日のことである。私は午前九時ごろ、ちょっと猫ちゃんたちと遊びたくなって事務所に行った。
「あの子ら何処へ行った?おらんなあ」
「ああもうその辺に遊びに行きましたよ」とH女史。
「へえ、お昼で閉めるんやろ、事務所。猫ちゃんたちどうするの?」
「心配いりません、ちゃんと11時頃には帰ってきます。帰って来るように言っていますから」
「うそ!」
「いいえ、11時に帰るように言いましたから帰ってきます。大丈夫です」
私は俄かには信じられずに次の日、違う別の社員に裏を取った。答えは
「はい、大体帰ってきます。夕方も」
信じられない、嘘のような本当の話。

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どこからともなく

この時期歩いていても、信号で停車していても、どこからともなく甘酸っぱい香りが漂ってくる。
金木犀の香りである。
自宅のガレージに寄り添って金木犀が植えてある。ガレージはその香りに包まれ、車のドアを開閉するたびごとに車内は香りで充満していく。
姫路のあちらこちらに色とりどりのシデが立ち並び、遠くから祭囃子が聞こえてくるのもこの時期である。
本格的な秋の到来を体全体で感じる。そしてやがては冬へと季節は変わってゆく。
我々の煩悩など全て無視するかのように…

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ちょっと嬉しい話

先日地元のガソリンスタンドで給油をしてもらい、カードにサインをしていると「私はどんな本が良いかよくわからないので、香山さんが薦める本なら間違いがないと思い、本屋さんへ《坂の上の雲》を買いに行ったらなくて、取り寄せてもらうよう頼みました」と話しかけてこられた。私は
「あの小説は本当に痛快な本ですよ、お薦めです」と言いながらこのやり取りを手早く整理した。
彼は私のブログを読んでいる。ごく最近アップした『読書のすすめ』の中で確かに司馬遼太郎の《坂の上の雲》について記した。
本当に誰が何処で私の他愛もないグダグダ話に目を向けてくれる人がいるものだ、という認識を改めてした。
私がブログを始めて6年が過ぎようとしている。
ちょっと嬉しい話、です。

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塾生大いに語る

志澤塾も開講6年目になる。5年を経過したのをきっかけにこの4月から塾生にこの5年間を総括し、自分なりに思うところを発表してもらっている。
4月が井内氏、5月後藤氏、6月林氏、7月福井氏、そして9月は鳥本氏に発表して頂いた。
それぞれの立場からいろんな気付きや今現在の仕事の様子、また趣味の範囲にまで話が及び、楽しい内容になっている。
特に鳥本氏の発表は興味深かった。34歳で入塾し今40歳。事業を展開していく過程で最も多感な時期をこの塾で過ごされたことになる。私の同年齢時代と重ね合わせてみると、彼の苦悩やその後の喜びが手に取るように共感できる。これだけとってみてもこの塾を開講して良かったと思い知らされた。これからの私のモチベーションにも繋がっていく、いいお話だった。
人は人を教育することは出来ない。それなのに出来ると勘違いをしている人間が多い。
しかしながら訓練は可能である。思考する訓練、行動する訓練、反省する訓練、等々の訓練をいつでも繰り返し行うことにより、気づくのである。《気づき》が大切なのである。
私の残された命もカウントダウンの段階である。
あとどれくらい《気づき》、それをどれだけ残して行けるか?と思っている。

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