嘘のような本当の話

グループ会社の一つである「ニューマテリアル兵庫」の物流センターが山崎町にある。その倉庫の中で、どこからともなく迷い込んだ一匹の猫が、二匹の子猫を産み落とした。
私は親猫に《ジュン》と名付け、子猫たちにそれぞれ《タロウ》《アン》と命名した。それから4年が経過した。私に一番なついているのは《アン》で《タロウ》《ジュン》の順番である。
働き方改革をグループで推進している関係上、土曜日、日祝日、お盆休み、年末年始は当たり前の話だが会社はお休みになる。だからそれらの日は私達夫婦が猫ちゃんたちのお世話をするのである。餌遣り、トイレの掃除、お水の交換等々である。
しかしながら、土曜日の午前中だけは職人さんや緊急の配送のため、残業支給の対象外の幹部たちが当番制で出勤するシフトを組んでいる。
この間の土曜日のことである。私は午前九時ごろ、ちょっと猫ちゃんたちと遊びたくなって事務所に行った。
「あの子ら何処へ行った?おらんなあ」
「ああもうその辺に遊びに行きましたよ」とH女史。
「へえ、お昼で閉めるんやろ、事務所。猫ちゃんたちどうするの?」
「心配いりません、ちゃんと11時頃には帰ってきます。帰って来るように言っていますから」
「うそ!」
「いいえ、11時に帰るように言いましたから帰ってきます。大丈夫です」
私は俄かには信じられずに次の日、違う別の社員に裏を取った。答えは
「はい、大体帰ってきます。夕方も」
信じられない、嘘のような本当の話。

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どこからともなく

この時期歩いていても、信号で停車していても、どこからともなく甘酸っぱい香りが漂ってくる。
金木犀の香りである。
自宅のガレージに寄り添って金木犀が植えてある。ガレージはその香りに包まれ、車のドアを開閉するたびごとに車内は香りで充満していく。
姫路のあちらこちらに色とりどりのシデが立ち並び、遠くから祭囃子が聞こえてくるのもこの時期である。
本格的な秋の到来を体全体で感じる。そしてやがては冬へと季節は変わってゆく。
我々の煩悩など全て無視するかのように…

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ちょっと嬉しい話

先日地元のガソリンスタンドで給油をしてもらい、カードにサインをしていると「私はどんな本が良いかよくわからないので、香山さんが薦める本なら間違いがないと思い、本屋さんへ《坂の上の雲》を買いに行ったらなくて、取り寄せてもらうよう頼みました」と話しかけてこられた。私は
「あの小説は本当に痛快な本ですよ、お薦めです」と言いながらこのやり取りを手早く整理した。
彼は私のブログを読んでいる。ごく最近アップした『読書のすすめ』の中で確かに司馬遼太郎の《坂の上の雲》について記した。
本当に誰が何処で私の他愛もないグダグダ話に目を向けてくれる人がいるものだ、という認識を改めてした。
私がブログを始めて6年が過ぎようとしている。
ちょっと嬉しい話、です。

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塾生大いに語る

志澤塾も開講6年目になる。5年を経過したのをきっかけにこの4月から塾生にこの5年間を総括し、自分なりに思うところを発表してもらっている。
4月が井内氏、5月後藤氏、6月林氏、7月福井氏、そして9月は鳥本氏に発表して頂いた。
それぞれの立場からいろんな気付きや今現在の仕事の様子、また趣味の範囲にまで話が及び、楽しい内容になっている。
特に鳥本氏の発表は興味深かった。34歳で入塾し今40歳。事業を展開していく過程で最も多感な時期をこの塾で過ごされたことになる。私の同年齢時代と重ね合わせてみると、彼の苦悩やその後の喜びが手に取るように共感できる。これだけとってみてもこの塾を開講して良かったと思い知らされた。これからの私のモチベーションにも繋がっていく、いいお話だった。
人は人を教育することは出来ない。それなのに出来ると勘違いをしている人間が多い。
しかしながら訓練は可能である。思考する訓練、行動する訓練、反省する訓練、等々の訓練をいつでも繰り返し行うことにより、気づくのである。《気づき》が大切なのである。
私の残された命もカウントダウンの段階である。
あとどれくらい《気づき》、それをどれだけ残して行けるか?と思っている。

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読書のすすめ

何事もそうであるが、初体験の心象でそのことが好きになるかそうでないかが決まっていく事が多い。私の顕著な例を言うなら、スキーに初めて行った時は散々で全く面白くなかった。片やゴルフの場合は一つだけまぐれでパーを取ることができ、今に続いている。
小学4~5年の頃だったと記憶している。最初に手にして読んだのが「三国志」(もちろん子供向けに書かれていた)だった。その魅力に取り付かれ「水滸伝」「西遊記」と続けて読破していった。
中学、高校と文学青年を気取り、「芥川龍之介」「太宰治」「夏目漱石」「中原中也」「吉井勇」「島崎藤村」などを読み漁った。浪人時代は参考書以外に読んだという記憶がない。大学に入り、マージャンと新宿遊びに明け暮れ怠惰な毎日を送っているとき、ある友人が『香山!いい加減にしろ、大学に何しに来たのだ』と言って手渡されたのが《司馬遼太郎》の「国盗り物語」だった。それによって再び読書熱に火が付き、それからはマージャンと新宿通いとプラス本が私の生活の一部になっていった。
読んでいて楽しいのは何と言っても池波正太郎である。「剣客商売」(主人公秋山小兵衛は私の憧れの人物である)「鬼平犯科帳」全巻隅々まで読んだ。藤沢周平も殆ど読んだが「蝉時雨」は是非読んで欲しい。山本周五郎作品は半分くらい読んだと思うが、「さぶ」は涙なしにはいられない。現存作家では浅田次郎。「蒼穹の昴」「中原の虹」を書きたくて作家になったのであるが、その為に「鉄道員」「壬生義人伝」などでその地位を確保したとの事。でも「プリズンホテル」は掛け値なしに痛快である。百田尚樹。「永遠のゼロ」でベストセラー作家になり「海賊と呼ばれた男」、最近では「カエルの楽園」は風刺の効いた小説である。また和田竜の「村上海賊の娘」はハラハラドキドキの連続だった。東野圭吾は平易な文章で分かり易く私は好印象である。女性作家でよく読むのは「平岩弓枝」「宮部みゆき」「藤原緋沙子」「乃南アサ」。
一番のお勧めは司馬遼太郎の『坂の上の雲』である。明治という時代の浪漫溢れる物語である。私は司馬遼太郎は小説家というより歴史家だと認識している。「街道をゆく」を読んでみるといっそう強くそう思う。棺の中に入れて欲しいのは《ローマ人の物語》である。この出会いは私の人生において何事にも代え難い出来事である。
年間100冊ペースは今も進行形である。

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飯島義男氏防災を語る

9月の講座は前姫路市副市長飯島氏にお願いをした。
氏は防災に関してはスペシャリストである。中国地方の集中豪雨災害から、北大阪の地震、関西を襲った台風21号、続いて北海道地震、災害だらけの日本国である。正しくタイムリーな講義内容である。
地震における「マグニチュード」と「震度」の違いについて話して頂き、ついで海溝型地震と直下型地震について詳しく解説して頂いた。海溝型地震はプレートの移動によって引き起こす地震で、過去にも発生し今後も予想される。典型的なのは『南海トラフの地震』で、100年から200年周期で発生しており、もし発生すれば甚大な災害を引き起こすことは確実である。その発生確率は今後30年間において70~80%であるとされている。姫路市においても過去に何度も被害を受けており、特に1854年の《安政南海地震》では死者150名以上、建物の9割が全壊し、2m位の津波に襲われたと記録がある。
直下型地震としては『山崎断層帯地震』が典型的で、阪神淡路大震災や熊本地震も直下型地震である。
地震の発生を防ぐことは出来ない。大切なのは準備である。住宅の耐震補強をはかり家具を固定する等、備えをしておくことが肝要である。
川底の修理、堤防の強化等水害対策も怠ってはいけない。
日頃から避難訓練をすることが大事で、いざという時の為に身も心も準備しておく必要がある。
飯島氏は日本だけでなく世界各国における勤務経験をもとに、地域の絆を深め感謝の心で共生していくことがこれからさらに重要になってくる、と締めくくられた。

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カエサルの遺言

カエサル(英語名シーザー)は紀元前44年3月15日に元老院議事堂において、ブルータスはじめ7~8人の元老院の手によってマントの中に隠し持った短剣で刺殺された。56年の生涯だった。7年前、《古代ローマを訪ねる》と言うテーマでイタリアを旅したことがある。その時案内して頂いた日本人ガイドに、その場所に連れて行ってもらった。そして荼毘に付された所にも行った。そこには今でも献花されている。
ギリシャは哲学で国を治め、ユダヤは宗教で国をリードし、ローマは法で国を統治した。亡くなったカエサルの身辺を整理していると、果たして遺言書が存在していた。カエサルは自分の命は10年後に尽きると想定していた。早すぎた死ではあるが、ローマは法治国家である。個人の最後の意志を尊重しなければならない。様々な項目の中に後継者が記されていた。カエサルが自分の後継者に指名した人物を見て、遺言執行人の誰もが目を疑った。果たしてその人物の名は二十歳にも満たない病弱な「オクタヴィアヌス」だった。一般的にはオクタヴィアヌスはカエサルの甥とされているが、正式にはカエサルの妹の孫であるからカエサルは大叔父にあたる。カエサルはオクタヴィアヌスの資質を早くから認め、広大なローマの統治全てを彼に託したのである。但し彼が戦下手であることも認知しており、戦に関しては「アグリッパ」がその指揮を執るようにと付け加えている。その二人のコンビは絶妙に発揮され、オクタヴィアヌスはアウグストスと言う称号と共に初代皇帝の座に就き、カエサルが成しえなかった統治形態を築き上げ、その後476年ローマ帝国が滅ぶまで、様々に紆余曲折を経ながらも続いていくのである。
20年以上前に《塩野七生》女史の『ローマ人の物語』に出会い、その中でカエサルを紹介して頂いた。私は世界史上カエサルほどの天才に会ったことがない。塩野女史もカエサルを慕いローマを永住の地としている。カエサルは森羅万象宇宙に存在するもの全てがわかっていた。カエサルは数多くの名言を我々に残している。最も好きな言葉は『人間は見たいと欲するものしか見ない』である。正しくカエサルの遺言である。
昨年父が91歳で亡くなった。生前中に私の唯一の願いを聞き入れてくれた。遺言書の作成である。そのおかげでスムーズに相続を執行することが出来た。私もカエサルに因んでそろそろ遺言書をしたためようと思っている。

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熱血弁護士再び登場

8月の講座は三浦弁護士にお願いをした。彼との間には一切の損得関係は存在していない。グループのどの企業の顧問弁護士でもない。不思議なご縁で今日まで続いている。
これまでの様々な依頼や相談などの事件を踏まえて税理士業務(弁護士資格があれば税理士業務も行うことが出来る)を始められたとの事。
先ず《お金持ちの定義》について彼は、「お金持ちとはお金に不自由しない人の事を指し、例えば月収10万円の人でも不自由を感じなければお金持ちで、月収100万円の人でも不自由と思うならば、決してお金持ちとは言えない」。お金は魔物である。「企業の経営者は事業運営は勿論だが金銭感覚を身に着けなければならない」「部門別経理の勧め、自社で経理帳簿の作成」「顧問税理士の言葉を鵜呑みにしてはならない、自分自身で現状を把握し、判断する能力を身に着けなければならない」「危機管理は出来ていますか、災害はいつ発生するかわかりませんよ、消費税は来年には上がりますよ、20年にオリンピックは終わりますよ、前回の東京オリンピックの後に不況に見舞われました」
三浦弁護士はどことなく応援したくなる人間性を醸し出している。来年も岡山大学の医学部を受験するそうである。彼が言う、日々感謝の心を忘れず、前向きに残された人生を生きて行こうと改めて知らされた8月の午後だった。

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さよなら官兵衛

8月17日、PM5時半過ぎに目が覚め、習慣化しているようにカーテンを覗き照明のスイッチを入れた。官兵衛が住む犬部屋を確認するためである。目を凝らしてみると呼吸をしているように見えない。寝ぼけ眼をもう一度擦り直してみても状況は同じである。サッシュのカギを開け犬部屋に降りてお腹や背中をさすりながら名前を呼んでみたが反応はない。急いで家内を起こそうと思い階段を上がりかけたが、その異変に気が付いたのか二階から家内が降りてきた。
二人で《かんべえ》《かんべえ》と連呼したが目を覚ますことはなかった。その間どのくらいの時間が経過したかは記憶にないが、家内と二人でオシメをはずしてウエットティシュで綺麗に官兵衛の体を拭き、物置から段ボールを探し出して棺にした。
斎場に電話を入れると10時までに来て欲しいと言われる。お花を買い求めて棺一杯に飾り二人でお経をあげる。もう少し一緒にいたかったが、季節もこの暑さであるし、斎場のスケジュールも考慮し我々は斎場へと向かった。収骨は1時間後に執り行った。
カーコ(猫ちゃん)クロちゃん(猫ちゃん)サンタ(柴犬)そして官兵衛(柴犬)
私たちは4人の子供たちを見送ったことになる。みんないい子だった。みんな好きだった。みんな可愛かった。我々の年齢を考慮すると、もう二度と子供と暮らすことはないと思う。
今朝も起きた時、カーテン越しに官兵衛が暮らした部屋を覗いてしまった。
15年と5か月の生涯だった。さよなら官兵衛、向こうに着いたら私達の子供と仲良く遊んでね。

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27回目の宝塚

今年の宝塚へのお墓参りは11日に執り行った。
27年前43歳の時に草津駅のプラットホームで、下りの特急に撥ねられ亡くなった友人Ⅿ君の供養のためであるが、その間一度も途切れることなしに続けられている。
川西に住むK君は毎回ミニバイクでやって来る。同志社を卒業後、当時では稀であった外資系の製薬会社に入り、5年を残し早期退職し読書や旅行など、家族と楽しんでいる。
奈良に住むⅯ君は私鉄を乗り継ぎやって来る。大阪市立大学を卒業後、趣味も生かして近畿ツーリストに入社し、様々に紆余曲折の末、今も銀行の窓口で嘱託として勤務している。仲間内ではもっとも人が善く、彼を悪く言うものはいない。
姫路に住まいするT君は、技工士の専門学校に進み、長年こつこつと歯の仕事を積み重ね、今は息子がその家業を継ぎ、特別忙しいときには手伝うとのこと。
山崎に居るK君は龍谷大学を卒業後、長男ということもあり地元の企業に就職し、定年を迎えるや一念発起し、母校である龍谷大学の大学院に入学し、仏教と英語を学び直した。
お墓参りを終えると、恒例行事である宝塚ホテルの談話室で近況を語り合う。その場に、東京に住まいするH君が電話で参加する。H君は我々の仲間では最も優秀で、京都大学を卒業後日産自動車に入り、将来を嘱望されていたが、ゴーンショックでその道から外れ、ファイナンス会社を経由し、一時は体調を壊していたが、今は趣味の俳句でメキメキその才能が開花し、同人雑誌の編集長を任されている。私の俳句の師でもある。
同級生であるから当たり前だが皆全て《古稀》である。だがその一瞬だけ半世紀以上昔にタイムスリップする。
他愛のない会話は終わることなく続く。あと何年かな?と、誰もが心の中で思いながら……

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