新加坡

夏休みを利用してシンガポールを訪れた。
正式には《シンガポール共和国》と言い、北緯1度17分、東経103度51分に位置する。いわゆる赤道直下である。気温は一年を通じて30度前後であり、雨季は11月から3月まで位だが、明確な時季の区別はない。シンガポール島を中心に大小の島群で構成されており、元は英国領であったが、一時期戦争中は日本軍が占領した。最終的にはマレーシアから独立し、51年目を迎えるという新興国である。
現在、外国為替市場(世界3位)、金融市場(世界2位)一人当たり国民所得(世界3位)シンガポール国債格付け(世界3位)であり、世界で最もビジネスに適した国と言われている。
税金は安く、例えば年収1億で日本なら税金は5500万だが、シンガポールでは1500万である。
国土は東京23区とほぼ同じ面積で、600万人近い人間が住んでおり、その内訳は、華人74%、マレー系13%、インド系9%その他と人口分布はなっている。国土の割には人口(人口密度世界2位)が多いため、建造物は高層になり、50階建ての建物が林立している。
宗教は、仏教が33%、キリスト教18%、イスラム教15%、道教11%、ヒンズー教5%、無宗教が17%である。政治は、人民行動党の一党独裁的要素が強いが、、社会が安定し収入も高い(貧富の差はあるが)ので、国民の不満までには至っていない。死刑制度を取り入れていて、特に麻薬に関してはことのほか厳しく、即死刑である。日本の芸能界なら何人の人が死刑に処せられたことであろうか。
家庭面においては共働きが通例であるため、自炊をする習慣がなく、外食文化が根付いている。何年か前にイギリスを訪れたが、イギリスの台所も汚れはなく綺麗だとガイドから聞いた覚えがある。シンガポールの国土はフラットで山が殆どなく、水不足で困窮している。それゆえマレーシアから水の供給を受けているのだが、根本的に友好的でないため、価格面や供給面でいざこざが絶えない現況である。
シンガポールチャンギ国際空港には驚かされるばかりである。一大タウンであり、世界一の空港で関空の5倍はある。帰国のときなどは迷子になってしまった。
私は、一日は市内観光に費やし、ゴルフを楽しんだり(セントーサゴルフ倶楽部)、ガイドに案内をしてもらい夜のシンガポールも探検した。カジノは結局負けたが、久しぶりにブラックジャックを堪能した。(少しルールが変わっていたのでそれに慣れるまで戸惑ったが)
何処を訪ねても活気に溢れた街全体の様子に圧倒され続けた、今回の旅であった。果たして日本は再生するのであろうか?という気持ちのまま、8月18日に帰国した。

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釈尊と親鸞

世界の宗教を大雑把に分類すると、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教に分けられる。大本は宇宙を司る絶対的な創造主が存在し、様々な形で教義として伝道師が我々人間に説いたものである。その教えは本来人間が幸せになるために、どのような考えと行動をもってどう生きていくべきなのか指し示すものであるが、現在は必ずしもそうとは言いがたい状況である。人間の《欲》が絡み、無数の宗派を立ち上げ真理とかけ離れつつある。
8月23日の講座は釜田氏にお願いをし、彼が退職後一念発起し龍谷大学に再び学び、その知識と研究について話していただいた。
親鸞は斜陽貴族の子として生まれ、9歳のときに比叡山に入山する。千日回峰を始め様々な修行を行うが、自分自身を納得させることが出来ず下山し、六角堂に参篭する。95日目に聖徳太子が現れ、法然上人を訪ねなさい、というお告げがあり、法然上人に弟子入りをするのである。
当時の仏教に関する時代背景は、仏教は貴族のものであり、奈良仏教と京都仏教が激しく対立する環境にあった。法然や親鸞は仏教を分かりやすく説き大衆に広めようとしていた。弾圧が激しくなり、法然は讃岐の国に、親鸞は越後に流罪される。
その後法然と親鸞は再会することもなく、法然は讃岐の地で亡くなった。親鸞は赦免されたが、越後で恵信尼と巡り会い結婚し三人の子供を授かる。その後家族とともに常陸の国に留まり布教活動を行う。62歳になり京に戻った親鸞は執筆活動に専念し、90歳まで命を全うした。寺院も弟子も持たなかった親鸞が、なくなった後後継者に恵まれず、親鸞が開祖した浄土真宗は、蓮如上人の手によって広く浸透し今現代に繋がっている。
浄土真宗を代表する経典は3つあり、『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』であるが、その多くを内包し短く纏めたものが《正信偈》である。難解だが歎異抄も今一度挑戦してみる価値はある。
浄土真宗の教えの最大の特徴は、『南無阿弥陀仏』を唱えることで、善人だけでなく、いやむしろ悪人のほうが極楽に導かれるという教えである。
また蓮如上人が記した『御文書』も忘れてはならない。
香山家も浄土真宗である。
私のような人間でも極楽に往けるそうである。

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復活のウォーキング

  白百合や 行き交う人と 朝散歩(駄作)

先日早朝(午前6時30分)からとはいえ、灼熱の中1ラウンドハーフプレーした。
その仲間の一人のF君は、更に1時間早くからラウンドを行っており、合計2ラウンドをこなした。午後2時過ぎにはシャワーを浴び、レストランで談笑する。
彼は2ラウンドを1オーバーでプレーした。一方私はというと、1.5ラウンドで16オーバーくらいだった。良いプレーもあったが、考えられないミスもあり余り納得出来ない結果だった。談笑の中で彼は、毎日50回の腕立て伏せと、スクワットも50回行っているとさらりと話し、
「香山さんも毎日歩いているでしょ」と言った。
正直私は暑さに託けウォーキングはこの一ヶ月休んでいる。
F君は私より20以上も若く群を抜く飛距離に加え、小技にも磨きがかかり、特にパットには目を見張るものがあった。
猛省の日になった。
私はウォーキングを再開するタイムスケジュールを頭の中で作成した。
午前8時前に八幡建設に出社する事は譲れない。夜は9時過ぎにはベッドに入り読書する習慣は続けたい。一日の時間配分の中で残された時間帯は早朝しかない。
5時15分起床。5時30分スタート。
秋分の日まではこのタイムスケジュールで取り組む。
ウォーキングと同時に《香山ゴルフ》も復活する。

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リオ総括

南緯22度54分・西経43度11分。日本と全く逆に位置する《リオオリンピック》が閉幕した。様々な話題と課題を包括し、エコをテーマにした大会だった。
日本からの視点で私見を記してみることにした。
今回のオリンピックは一言で言うなら『吉田沙保里』に尽きる。15年間無傷で207連勝中だったが、最後の舞台で敗れ去った。誰一人として予想しなかった出来事が起こったのである。人生には「真坂」という坂があるとは、何代か前の首相の言葉である。ただ私の推測だが、彼女自身内面では恐怖と不安に駆られていたのではないかと思う。ある意味《ホット》しているかもしれない。彼女自身さえも気付かない潜在意識の奥で。兎に角ご苦労様でしたと心からの労いの言葉を掛けたい。
柔道は男女とも素晴らしいパフォーマンスだった。指導者で変る典型的な例である(篠原から井上)。女子のシンクロも井村女史を指導者に得、成果に結びついた。
水泳に関しては、萩野君と金藤さんと星さん以外にはあまり見るべきものがなかった。ただ池江璃花子選手は無限の可能性を秘めている。
卓球は男女共称賛に値する活躍だった。特に女子の2大会連続メダルは素晴らしい。伊藤選手は個人的にも世界に通用する天才的な感性を持っている。
女子バトミントンの活躍は文句の付けようもない。ダブルスもシングルスも今後も大いに期待するところである。
男子体操は感動の連続だった。内村君には何度泣かされたことか!女子もやっと世界で戦えるところまで来た観がある。
テニスの錦織選手、スラロームカヤックの羽根田選手、競歩の荒井選手。目を見張る大躍進である。心から拍手を送りたい。
女子のレスリングには驚かされ通しだった。逆転の連続である。登坂選手、川井選手、土性選手、そして伊調選手には国民栄誉賞を挙げて欲しい。
トラック競技の最後に大きなプレゼントが日本国民に贈られた。400メーターリレーにおいての金以上の価値のある銀メダルを獲得するなど、誰が予想したであろうか。
唯ひとつ苦言を呈すると、男女のマラソン。6人も登場して唯一人、入賞さえもなかった。今後に課題を残す結果である。
リオバエス市長から小池東京都知事に五輪旗が手渡された。4年後に東京でオリンピックは開催される。
家内と約束のない観戦を話し合っている。

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三回目の挑戦

出会いはまだ二十一世紀になる前だった。そのきっかけは定かではない。
塩野七生著「ローマ人の物語」を最初に手にした瞬間を今も鮮明に記憶している。
かすかな身震いさえ覚えた。作者は一年に一作のペースで執筆する。新しく出版されるのが待ち遠しくて何度も本屋に足を運んだ。
西洋史にはあまり興味がなかった私は、その歴史的背景を今一把握していなかったため、読破するのに相当な時間を要した。また聞きなれない名前が多く、何度もページを戻らねばならなかった。表現自体は平易な言葉だったが、私には難解だった。
約一年半をかけて何とか十五巻全てを読み終えることが出来た。しかし達成感はほとんど感じられなかった。むしろ不完全燃焼だった。しばらくして文庫本を書店で目にしたので、買い揃えて一年ほどで全四十二巻を読み終えた。少しは理解度が高まった感じがした。
四年前パナホーム兵庫の社長を辞してからイタリアを旅した。予め現地ガイドに「古代ローマ」を旅するというテーマを知らせていた。特にカピトリーニの丘にあった「ユピテル神殿」の存在が知りたかった。ディラテーナ地方まで出かけたが、結局ユピテル神殿を目にすることはなかった。(イタリア旅行記はまだ執筆していない)
この七月からもう一度「ローマ人の物語」に挑戦している。三回目になる。
『ユリウス・カエサル』の巻がもう直ぐ終わろうとしている。カエサルと別れるのが少し寂しい気分である。
単行本、文庫本、イタリアの旅、そして再び文庫本。
数多くの歴史作家達が『ローマ史』を書き記したが、その殆どが存亡の観点からの著述であったが、塩野女史は繁栄の観点でこの大作を書した。つまり《なぜローマは滅んだか?》ではなく《どのようにして千二百年も栄えたか?》なのである。
だから爽快なのである。

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新社長来庵

この六月の株主総会で正式に就任された、パナホーム(株)の社長である《松下氏》が先週お見えになられた。時間が午後三時頃だったのですぐにお茶室にお通しし、和菓子を頂きながらお抹茶を差し上げ、約二時間近くお互いに余人を交えず本音で話し合った。
新社長は、以前資産活用事業部長をしておられたと言う経緯もあり、全くの初対面ではなくすぐ打ち解けることが出来た。
お話しを伺っていると、旧松下電工時代にエイジング事業を立ち上げ、その時代に『盛和塾』に入塾され稲盛氏の薫陶を受け、それが経営に取り組む考え方の原点になっているとのことである。出身も鹿児島県国分市だそうで、そこに京セラの本社工場があり、稲盛氏に対しての思いいれも強いものがある。
彼は経営とは人間学だと思っています、と言われた。今までパナホームの歴代社長六人と付き合ってきたが、誰からも人間学だと言う言葉は耳にしたことはない。52歳と言う若い社長である。長期政権になる筈である。私はかつて感じたことのない晴れやかな気分になった。
① 先ずパナホームの社員に真の思いやりで接して欲しい。
② 次にお客様の事を考えて下さい。
③ それからわれわれ販社のことを思って下さい。
時代は混迷が続く。
私は新社長にもう一度託す気になった真夏の午後である。

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引き際考察

先日新聞を読んでいると、渡邉恒雄氏の記事が掲載されていた。よく見ると肩書きが記されていた。読売新聞社「主筆」だそうである。しかも『代表取締役主筆』である。大正15年生まれであるから、私の父親と同じ91歳である。旭日大綬章まで賜った人物である。
父親は9社グループ企業のうち1社だけ代表権のない取締役である。その他は私が全て剥奪したのである。その時、
「わしからなんでもかんでも取り上げてしまう、お前は冷たい息子だ」と怒った。私は「分かりました。ではもう一度あなたが社長をしてください。私が会長になりますから」と言った。今はオーナーという肩書きにしている。初めはしぶしぶだったが、慣れたのか気に入っている様子である。父は自ら《引く》ということが出来ない人間である。今もライオンズは辞めずに、チャーターメンバーとして在籍している。これは企業経営に支障をきたさないし個人の問題であるから好きにさせている。そういえば、運転免許証も一向に返還する気がない。(これは困ったものである)
鈴木自動車が起こした一連の不祥事で、責任を取って『CEO』を辞任すると発表した後、当の本人は「引き続き、代表取締役会長として、大所高所から見守っていく」と発言している様子をテレビで見て、開いた口が塞がらなかった。思わず私は、
「諸悪の根源は貴方でしょう」と口走った。
イトーヨーカドー&セブンイレブンの鈴木敏文氏のごたごた事件も世間を嘲笑させた。現在イトーヨーカドーの業績はあまり芳しくなく、セブンイレブンが好調な故に、連結で利益を計上していると聞いている。
上記二人の人物は、少し前までは名経営者として持て囃され、日本経済を牽引しているとまで云われていた。
これらの企業から比較して、私が関連する企業など百万分の一にも満たない小企業だが、私の引き際は自分でも誉めてやりたいくらい《さっぱり》していたと誇れる。
私と同業の社長たち3人も同じ時期に社長を辞したが、今も毎日出社し以前と同じ椅子に腰を据えているようである。
《人間引き際が肝心》とは言い古された言葉であるが、《言うは易し行うは難し》である。

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梅酒はいかが?

茶室を増設する際当然ではあるが、お庭も同時に検討した。
その結果、何もかも承知の上で出来るだけ手のかからないお庭を造った。
一応蹲は創設したが、待合は大理石のベンチを設置し、地面には苔を樹木は枝垂れ梅を一本だけ植えた。
その梅ノ木に今年はたくさんの梅の実が生った。
その梅の実にI女史が注目し、
「梅酒を作りませんか?」と言うことになり、ネットで作り方を検索してみると、意外と簡単であることが判明し、すぐさま取りかかった。
何度か試飲を重ねて完成した。
梅酒、正式には《梅ジュース》
志澤塾製梅ジュースはいかがかしら?
志澤塾製梅ジュースを飲んで、この熱い夏を乗り切ろう!!!

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友遠方より来る!

7月の講座は亀岡氏にお願いをした。
氏とは、彼が住友銀行(三井住友銀行の名称になる前、また法人営業部なるものが存在しなかった頃)姫路支店長在任中に知り合い、そのお付き合いは今日まで続いている。
1993年からだから23年になる。
東京第二部長、企業金融部長、執行役員営業審査部長を歴任し、その後松下興産の代表取締役に就任し、会社の再建と整理を担当し、見事2年でその業務を終了させ、2年間の充電期間を経て、現在はモルガンスタンレーキャピタルのシニアアドバイザーとして、国内に留まらず広くアジアを中心にグローバルに活躍しておられる。
私がこの志澤塾を開講するにあたり講師をお願いしたところ、快諾して頂いた。以前開講して間もなく講座をお願いしたので2回目の登壇である。
今回のテーマは二部構成で一部は『プライベート・エクイティ・ファンドとは?』『ファンドによる企業価値の算定』二部は『会社運営の意見交換』である。
我々には耳慣れない分野の言葉であり、大変新鮮に感じた。
氏の仕事は一口で言うなれば、或る会社を買収し付加価値をつけて売却する、のである。しかも大体3~5年の短期間の間に、である。そして投資していただいたスポンサー所謂機関投資家に対して高利回りを提供し、再投資を促して行く。ドラマのようなスリリングな業務だ。
今タイミングを図ったように私どものグループの或る会社に、M&Aの話しが持ち込まれている。まったく見通しは立っていないが、私自身は大いに興味を持っている。乗り越えなければならない障害はあるが、積極的に取り組もうと思っている。
早速相手の会社の価値を、氏に教えてもらった計算方法で試算してみることにした。
亀岡氏は私より2つ年齢は若い。同世代を生き抜いたものとして、お互いに前向きに下山したいものだ。
彼は東京の青山に住まいを構えておられる。
正に《友遠方より来る。また楽しからずや》である。

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超変革!!

とうとう我慢の限界である。今年の阪神タイガースについて書かざるをえない。
7月8日、甲子園球場における広島戦。
得点は5対2で広島が勝っている。時は7回裏、2アウトランナーなし、打順は本日の先発藤浪晋太郎である。野球を少々分かる者も、知り尽くしている人物も、当然代打と思ったに違いない。100人中99人までが代打と思った。しかし1人だけそう思わなかった人物がいた。金本知憲その人である。7回まで130球余りの玉数を投げていたし、おまけにその日は雨中でのピッチングである。体力的にも精神的にも限界を超していた藤浪投手は、次の回めった打ちにあい3点を献上してしまう結果になった。結局161球を投げ、その受けたダメージは計り知れない。いくら贔屓目に見ても監督の意図は全く理解できない。
私は幼いころはジャイアンツファンだった。ある時期金銭にモノを言わせ、欲しい選手を獲得し始めた。それが目に余り嫌になりジャイアンツのファンを離れ、少しの間プロ野球ファンから遠ざかっていた。家内は生まれたときから(両親が阪神ファンだった)典型的な阪神ファンであったため、テレビで野球観戦をする機会が多くあり、私自身は阪神ファンではないが、野球を愛し始めた。
今年金本阪神は《超変革》をスローガンに掲げ、開幕を迎えた。
開幕当初は新鮮さを感じるシーン、例えばフレッシュな1~2播、昨年まで見られなかった足を絡めた攻撃、藤川選手の復帰等々があり、期待を持たせる要素もいくらかは存在した。しかし、ゴールデンウィークをはさむ頃から、我々の期待を損なうゲーム展開や選手起用が目立つようになった。2試合続けて同じ打順がない、不振を極める鳥谷をただ連続全イニング出場記録のみで使い続けたり、技術的な裏づけもなく気合で勝てるほどプロの世界は甘くないことくらいは承知している筈である。
提言
① 近代野球はピッチャーであると認識し、起用方法は9回から計算すべきである。
② クリーンアップは我慢し固定する。
③ 高年俸でも駄目な選手は外す。
④ 野球はキャッチャーであると心得、我慢して育てねばならない、矢野何をしている。
⑤ 野球を知らないやつは使わない、使えばムードを壊しだらけてしまう。
最後に阪神ファンに。こんな無様な試合をしている間は、甲子園に足を運ばないで欲しい。あなた方が阪神を弱くしていると心得よ。いい試合をし出したらまた行けばよい。
次いでだらしないジャイアンツにも一言。髙橋は監督にもリーダーにも向かない。早々に首にすべきである。巨人と阪神がいい試合をすることでプロ野球は人気が高まるのである。ここまでくれば25年ぶりに広島に優勝して欲しいが、その栄誉の獲得は多少苦しみが伴わないと。
熱い夏を更に熱くして欲しいと願っている、一プロ野球ファンの戯言である。

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