塾生大いに語る

志澤塾も開講6年目になる。5年を経過したのをきっかけにこの4月から塾生にこの5年間を総括し、自分なりに思うところを発表してもらっている。
4月が井内氏、5月後藤氏、6月林氏、7月福井氏、そして9月は鳥本氏に発表して頂いた。
それぞれの立場からいろんな気付きや今現在の仕事の様子、また趣味の範囲にまで話が及び、楽しい内容になっている。
特に鳥本氏の発表は興味深かった。34歳で入塾し今40歳。事業を展開していく過程で最も多感な時期をこの塾で過ごされたことになる。私の同年齢時代と重ね合わせてみると、彼の苦悩やその後の喜びが手に取るように共感できる。これだけとってみてもこの塾を開講して良かったと思い知らされた。これからの私のモチベーションにも繋がっていく、いいお話だった。
人は人を教育することは出来ない。それなのに出来ると勘違いをしている人間が多い。
しかしながら訓練は可能である。思考する訓練、行動する訓練、反省する訓練、等々の訓練をいつでも繰り返し行うことにより、気づくのである。《気づき》が大切なのである。
私の残された命もカウントダウンの段階である。
あとどれくらい《気づき》、それをどれだけ残して行けるか?と思っている。

読書のすすめ

何事もそうであるが、初体験の心象でそのことが好きになるかそうでないかが決まっていく事が多い。私の顕著な例を言うなら、スキーに初めて行った時は散々で全く面白くなかった。片やゴルフの場合は一つだけまぐれでパーを取ることができ、今に続いている。
小学4~5年の頃だったと記憶している。最初に手にして読んだのが「三国志」(もちろん子供向けに書かれていた)だった。その魅力に取り付かれ「水滸伝」「西遊記」と続けて読破していった。
中学、高校と文学青年を気取り、「芥川龍之介」「太宰治」「夏目漱石」「中原中也」「吉井勇」「島崎藤村」などを読み漁った。浪人時代は参考書以外に読んだという記憶がない。大学に入り、マージャンと新宿遊びに明け暮れ怠惰な毎日を送っているとき、ある友人が『香山!いい加減にしろ、大学に何しに来たのだ』と言って手渡されたのが《司馬遼太郎》の「国盗り物語」だった。それによって再び読書熱に火が付き、それからはマージャンと新宿通いとプラス本が私の生活の一部になっていった。
読んでいて楽しいのは何と言っても池波正太郎である。「剣客商売」(主人公秋山小兵衛は私の憧れの人物である)「鬼平犯科帳」全巻隅々まで読んだ。藤沢周平も殆ど読んだが「蝉時雨」は是非読んで欲しい。山本周五郎作品は半分くらい読んだと思うが、「さぶ」は涙なしにはいられない。現存作家では浅田次郎。「蒼穹の昴」「中原の虹」を書きたくて作家になったのであるが、その為に「鉄道員」「壬生義人伝」などでその地位を確保したとの事。でも「プリズンホテル」は掛け値なしに痛快である。百田尚樹。「永遠のゼロ」でベストセラー作家になり「海賊と呼ばれた男」、最近では「カエルの楽園」は風刺の効いた小説である。また和田竜の「村上海賊の娘」はハラハラドキドキの連続だった。東野圭吾は平易な文章で分かり易く私は好印象である。女性作家でよく読むのは「平岩弓枝」「宮部みゆき」「藤原緋沙子」「乃南アサ」。
一番のお勧めは司馬遼太郎の『坂の上の雲』である。明治という時代の浪漫溢れる物語である。私は司馬遼太郎は小説家というより歴史家だと認識している。「街道をゆく」を読んでみるといっそう強くそう思う。棺の中に入れて欲しいのは《ローマ人の物語》である。この出会いは私の人生において何事にも代え難い出来事である。
年間100冊ペースは今も進行形である。

飯島義男氏防災を語る

9月の講座は前姫路市副市長飯島氏にお願いをした。
氏は防災に関してはスペシャリストである。中国地方の集中豪雨災害から、北大阪の地震、関西を襲った台風21号、続いて北海道地震、災害だらけの日本国である。正しくタイムリーな講義内容である。
地震における「マグニチュード」と「震度」の違いについて話して頂き、ついで海溝型地震と直下型地震について詳しく解説して頂いた。海溝型地震はプレートの移動によって引き起こす地震で、過去にも発生し今後も予想される。典型的なのは『南海トラフの地震』で、100年から200年周期で発生しており、もし発生すれば甚大な災害を引き起こすことは確実である。その発生確率は今後30年間において70~80%であるとされている。姫路市においても過去に何度も被害を受けており、特に1854年の《安政南海地震》では死者150名以上、建物の9割が全壊し、2m位の津波に襲われたと記録がある。
直下型地震としては『山崎断層帯地震』が典型的で、阪神淡路大震災や熊本地震も直下型地震である。
地震の発生を防ぐことは出来ない。大切なのは準備である。住宅の耐震補強をはかり家具を固定する等、備えをしておくことが肝要である。
川底の修理、堤防の強化等水害対策も怠ってはいけない。
日頃から避難訓練をすることが大事で、いざという時の為に身も心も準備しておく必要がある。
飯島氏は日本だけでなく世界各国における勤務経験をもとに、地域の絆を深め感謝の心で共生していくことがこれからさらに重要になってくる、と締めくくられた。

カエサルの遺言

カエサル(英語名シーザー)は紀元前44年3月15日に元老院議事堂において、ブルータスはじめ7~8人の元老院の手によってマントの中に隠し持った短剣で刺殺された。56年の生涯だった。7年前、《古代ローマを訪ねる》と言うテーマでイタリアを旅したことがある。その時案内して頂いた日本人ガイドに、その場所に連れて行ってもらった。そして荼毘に付された所にも行った。そこには今でも献花されている。
ギリシャは哲学で国を治め、ユダヤは宗教で国をリードし、ローマは法で国を統治した。亡くなったカエサルの身辺を整理していると、果たして遺言書が存在していた。カエサルは自分の命は10年後に尽きると想定していた。早すぎた死ではあるが、ローマは法治国家である。個人の最後の意志を尊重しなければならない。様々な項目の中に後継者が記されていた。カエサルが自分の後継者に指名した人物を見て、遺言執行人の誰もが目を疑った。果たしてその人物の名は二十歳にも満たない病弱な「オクタヴィアヌス」だった。一般的にはオクタヴィアヌスはカエサルの甥とされているが、正式にはカエサルの妹の孫であるからカエサルは大叔父にあたる。カエサルはオクタヴィアヌスの資質を早くから認め、広大なローマの統治全てを彼に託したのである。但し彼が戦下手であることも認知しており、戦に関しては「アグリッパ」がその指揮を執るようにと付け加えている。その二人のコンビは絶妙に発揮され、オクタヴィアヌスはアウグストスと言う称号と共に初代皇帝の座に就き、カエサルが成しえなかった統治形態を築き上げ、その後476年ローマ帝国が滅ぶまで、様々に紆余曲折を経ながらも続いていくのである。
20年以上前に《塩野七生》女史の『ローマ人の物語』に出会い、その中でカエサルを紹介して頂いた。私は世界史上カエサルほどの天才に会ったことがない。塩野女史もカエサルを慕いローマを永住の地としている。カエサルは森羅万象宇宙に存在するもの全てがわかっていた。カエサルは数多くの名言を我々に残している。最も好きな言葉は『人間は見たいと欲するものしか見ない』である。正しくカエサルの遺言である。
昨年父が91歳で亡くなった。生前中に私の唯一の願いを聞き入れてくれた。遺言書の作成である。そのおかげでスムーズに相続を執行することが出来た。私もカエサルに因んでそろそろ遺言書をしたためようと思っている。

熱血弁護士再び登場

8月の講座は三浦弁護士にお願いをした。彼との間には一切の損得関係は存在していない。グループのどの企業の顧問弁護士でもない。不思議なご縁で今日まで続いている。
これまでの様々な依頼や相談などの事件を踏まえて税理士業務(弁護士資格があれば税理士業務も行うことが出来る)を始められたとの事。
先ず《お金持ちの定義》について彼は、「お金持ちとはお金に不自由しない人の事を指し、例えば月収10万円の人でも不自由を感じなければお金持ちで、月収100万円の人でも不自由と思うならば、決してお金持ちとは言えない」。お金は魔物である。「企業の経営者は事業運営は勿論だが金銭感覚を身に着けなければならない」「部門別経理の勧め、自社で経理帳簿の作成」「顧問税理士の言葉を鵜呑みにしてはならない、自分自身で現状を把握し、判断する能力を身に着けなければならない」「危機管理は出来ていますか、災害はいつ発生するかわかりませんよ、消費税は来年には上がりますよ、20年にオリンピックは終わりますよ、前回の東京オリンピックの後に不況に見舞われました」
三浦弁護士はどことなく応援したくなる人間性を醸し出している。来年も岡山大学の医学部を受験するそうである。彼が言う、日々感謝の心を忘れず、前向きに残された人生を生きて行こうと改めて知らされた8月の午後だった。