24時間テレビに思う

私は31歳の時に、JC所謂青年会議所に入会した。JCの基本3信条は、修練・友情・奉仕である。殆どのメンバーは確かに友情は育んだと思うが、修練を積み重ね、成長していったメンバーは少なかったように思う。特に奉仕の概念に芽生え、卒業後(40歳で卒業)も奉仕活動を個人として継続し続けているものは極限られている。
私は37歳になって初めて地球上に飢えで命を落とす子供たちの数の多さを知り愕然とした。何とかしなければ、と強く思ったのである。と同時に自分自身の無力さをひしひしと感じた。丁度その頃《ハチドリのひとしずく》という南米地方に伝わる民話に出会った。今自分に出来ることをすればいいんだ!まさに覚醒である。肩の力が抜け、目の前の霧が晴れすっきりした。
人生の流れとは不思議なもので、東京での講演会で、当時伊藤忠の会長だった丹羽宇一郎氏と巡り合い国連の下部組織である《WFP(国際連合世界食糧計画機構)の存在を知った。それ以来それまで兵庫県の福祉法人に寄付していた絵画展の収益金をWFPにさせて頂くようになった(個人も微々たる金額であるがこれを機に口座から寄付している)。WFPの日本本部は横浜にあり何度かお邪魔した。WFPは寄付金額の75%が活動費で、25%が管理費である。その他の団体はその逆である。
阪神淡路大震災の時もそうであるが、東日本大震災はテレビでの映像が生々しかったので、我々グループも個人もかなりの額を義援金として寄付をした。しかしながらその義援金の行方は我々には今もって知らされていない。
24時間テレが今年も開催された。昨年で41回を数え、募金総額は381億5千万円に及んでいるとのこと。日本テレビのHPを開いてみると様々に寄付先は記してあるが、細かな明細までは分からない。あちらこちらに募金箱が設置され、よく理解をしていない幼児が自分の貯金箱からお金を募金箱に入れる。年金暮らしのお年寄りも募金に協力する。それをタレントやお笑い芸人たちが、笑顔いっぱいで受取り~ありがとう~と言う。なんと微笑ましい光景ではないか、と誰もが錯覚する。でも私は吐き気がする。タレントたちは、当然ノーギャラだろうな、そして自分自身もいくばくかの募金をしているのだろうな、と勘繰るのは間違っているのだろうか?
今一度皆で考える必要がある。

地方創生のカギは?

半年に一度くらいの割合で上京するが、その度ごとに建築現場の多さには驚くばかりである。タワークレーンが林立し高層ビルが建設されている。何が立っていたのか思い出されないが、取り壊され新しい建物へと変身してゆく。オリンピックの影響のせいもあるが、それだけの理由ではないと思われる。東京駅から新幹線に乗り名古屋を過ぎ、大阪を過ぎ神戸、姫路へと帰ってくるにつれ、タワークレーン姿は極端に影を潜めほとんど見なくなる。
政治家を含む霞が関に位置する官僚たちは東京にいては、不況やデフレや地方の疲弊など感じるわけがない。
8月27日の講座は、この4月に兵庫県会議員選挙で姫路地区においてトップ当選を果たし返り咲かれた《北野実》氏にお願いをした。氏は農政環境常任委員会の委員長を務められており、その立場から『地方創生と農林水産業』というテーマでお話を頂いた。ご自分の目や足で兵庫の各地を視察され、現況と早急に取り組まなければならない課題についても触れて頂いた。
水田センサーなどを活用し生産性を上げ、スマート農業を展開し、成功されている例を紹介された。日本一のブランド牛、神戸牛の生産地であう但馬地方を、ファンドを取り込んださらに大規模化した酪農事業に取り組み、六次産業にまで発展させていく必要がある。また夏秋イチゴやイチジク、生で食べられるホウレンソウなど、様々な取り組みがされている。
《儲かる農林水産業》を展開し、若者が魅力のある事業にして行けば、地方の創生も夢ではなくなると説かれた。
今兵庫県の人口は550万人を切っている。このままでは2040年ころには400万人位になり、兵庫の各地方都市は完全に埋没してしまう。今こそ農林水産業を新しい感覚で立ち上げ企業化すれば地方は必ず創生する。
一極集中を打破するために、我々が立ち上がり起業していこうではないか。

北房カントリー・今・昔

記憶に定かではないが夏休みを利用して、気の合った仲間たちと20数年ぶりに北房カントリーを訪れた。中国地方のチャンピオンコースとして平成の初めにオープンしたと思っている。
当時は、姫路に本社を置く「北文土地株式会社」が経営母体だった。北文土地は播磨地方は勿論、兵庫県各地で宅地を開発し建物を建てて販売する、所謂デベロッパーだった。現在活躍中の「ヤング開発」「昭和住宅」「ハウジングタイホー」等々の各社は、北文土地をビジネスモデルにした企業である。北文土地はこの地方のデベロッパーの先駆者だった。
当時日本列島改造論の風が吹き荒れ、少々の財力がありゴルフを嗜むものは、挙ってゴルフ場のオーナーになりたくて様々に模索したものである。私の父もその一人で、岡山県と宍粟市に気の合った仲間7~8人でゴルフ場造りに奔走した。宍粟市のゴルフ場は幸か不幸かオープンし何年か後、ブームが冷めやらぬうちに父とN氏の同意なしで他の何人かが売却してしまい経営から外れてしまい、結果預託金問題で頭を悩ますことはなかった。岡山のゴルフ場は最終的に多少問題が発生したが、第三者に円満に売却をすることが出来、株式の出資金ぐらいの損失で済んだようである。
ゴルフ場経営においてこれ程杜撰な取り組みはない。預かっておいた預託金でゴルフ場を建設運営し、10年が経過して出資者が返還を求めると無いから返せない。これを通し、裁判沙汰になるとさっさと破産宣告をしたり更生法を申請し、責任など一切取らないで済ませてしまう。
ところが北房カントリーの実質オーナーであった北文土地の《K氏》は返還問題に真摯に取り組まれたのである。事業を執り行う者にとって当たり前なのであるが、それが原因で名門北文土地は事業の存続が出来なくなってしまうのである。
現在北房カントリーは芝生の植生会社がオーナーで経営をしておられるそうだが、何処か昔の風格とでも云おうか雰囲気は感じられなかった。
ちょっと寂しい夏休みのワンラウンドだった。

うわさの滝流しそうめん

先日孫の倫太朗と1歳半になるさくら子を連れて、姫路から滝流しそうめんを食べに義娘がやってくると家内が言うので午後の要件をキャンセルし、私も一緒に行くことにした。民放とNHKでも紹介されたそうで、ちょっとしたブームを起こしているとの事。
何十年も前に訪れた記憶を辿りながら私は車を走らせた。
音水湖(引原ダム)を左手に見ながらS字カーブを曲がり、そこを通り過ぎると宮中の名物素麺流しのお店が目に入ってくる。そこから7~8分ほど行くと右手に《滝流しそうめん》の幟が確認できた。そこは鳥取県との県境に近い位置にある。
受付で取り敢えず4人分の食券を買い、係の人に手渡す。その人の案内で席が4人分用意された。待つこと数分。20メートルくらい前方の樋から、氷ノ山からの湧水に乗って真っ白なそうめんが流れてくる。それを箸ですくいながらお出汁につけて頂く。自宅で食べる素麺よりもおいしく感じてしまう。倫太朗の燥ぐ様子は尋常ではない。一人前はあっという間に平らげて我々も、もう一人前追加したが、それでも足らずに倫太朗だけはさらにもう一人前を追加した。食べ終えてから倫太朗と家内は谷川に下りていき水遊びを楽しんでいた。我々が帰るころにはたくさんのお客で賑わい行列が出来ている。
途中道の駅でソフトクリームを食べ、山崎に着くと暑さが迫ってきた。3~4度は気温差があると思われる。滝流しそうめんと《涼》を味わいに一度行かれては、とお薦めする。但し土日は避けた方が賢明である。
ちょっとした孫孝行の夏真っ盛りの半日だった。