朝から一人大慌て

私は眼鏡を6つ持っている。2種類あって、老眼鏡と今一つは乱視用である。老眼鏡はもちろん本を読んだり会議の資料に目を通したりパソコンを使用するときに必要で、乱視用の眼鏡は車の運転、特に夜間は必携で、ゴルフの時もなくてはならなくなってきた。それぞれ3つずつ所有しており、老眼用は弱とやや強と強である。乱視用も強度的には似たような分類になっている。強度の強いものは最近購入したのであるが、どちらも長い時間使用していると目の疲れが酷くなり肩が凝り、挙句は頭が痛くなった。あまりに頭痛が長く続くので心配になり脳ドックの検査までした。今現在はどちらもやや強の度数の眼鏡を使用している。
今朝の事である。BSで朝ドラを見てからいつものように会社に出社しパソコンのスイッチを入れるため、眼鏡を取り出そうとして眼鏡ケースを開けた。するとケースの中に眼鏡がない。カバンの中にも勿論見当たらない。とりあえず自宅まで戻り強度の強い眼鏡を取りに行き、パソコンで一連のチェック項目を行う。どこかに置き忘れているに違いないと思い、昨日からの行動を思い描いた。
昨日はゴルフに行った、プレー終了後レストランでお茶をした、確か予定表のチェックを行った、テーブルの上に置いたはずである、ゴルフ場に電話をする、探してもらったが見当たらないと言われた。
一昨日火曜日は?地元のカフェでお茶をした。その時雑誌を見た、そのカフェに電話する、赤い縁の眼鏡は預かっているがその他はない、と言われた。
もう少し冷静になろう。心の声・お前はいくら遅くなっても夜ベッドで本を読むのが習慣になっているだろう!その時眼鏡なしでは読書は出来ないはずだ!昨夜も本は読んだだろう!急いで再度自宅に戻りベッドの付近を捜した。おそらく眠気に耐えきれなかったのだろう、本も眼鏡もほっぽりだしてベッドの下に転がっていた。ちょうど朝の散歩から帰ってきた家内に運悪く出くわした。事情を説明すると、案の定馬鹿にされた。言うべきではなかった……。

パッサの法則

行きつけのラーメン屋(2週間に1度くらいは行く)に、コロナが蔓延し始めたころから、壁に~パッと食べてサッと帰る・パッサの法則~と、カレンダーの裏紙にマジックで書き記して張り出している。
お店を手伝っていた、無愛想だがきびきび動く次女が結婚をして、2か月前くらいに出産をした。お店の親父は5人目の孫になるとニヤついていた。少しばかり出産のお祝いをしたのだが、次女の旦那も今はお店を手伝っている。将来そのラーメン屋を継ぐかどうかは分からないが、親父にはあと3年は頑張れと、けしかけている。親父の趣味は、下手なボーリングと当たらない競馬である。3年くらい前に奥様を亡くした時は相当落ち込んで2か月くらい店を閉めていた。
歳は私と同じ1948年生まれである。何となく応援している。

WFP

WFP(国際連合世界食糧計画)は、食料欠乏国への食糧援助と天災などの被災国に対して緊急援助を施し、経済・社会の開発を促進する国際連合の機関である。1961年に創設され、1963年から活動を開始し、本部はローマにある。そのWFPは2020年のノーベル平和賞を受賞したのである。
私とWFPとの出会いは20年近く遡る。東京で行われたセミナーに参加した時のことである。その席上で講師をされた当時伊藤忠の会長であり、WFPの日本の代表も務められていた丹羽宇一郎氏(現在は日清食品の安藤宏基氏が代表である)と面談する機会に恵まれ、WFPの活動内容についてお話を伺った。他の国際的な支援団体の活動費は寄付などで募った額の25%、残りの75%は経費として使用されているが、WFPはその逆で現場主義を掲げており、75%が活動費で25%が経費として使用されていると聞かされ、私は深く感銘を受けたのである。
その後二度ほど横浜市みなとみらいにある日本の本部を訪れ、当社が毎年年末にギャラリーで催しているチャリティー展の収益金を従来の寄付先からWFPに切り替え、相前後して私も自分自身の口座から毎月いくばくかの金額をWFPに納めさせていただいている。私は27歳の時、世界には食べることが出来なくて餓死する人が何百万人もいて、大半が子供達であると聞かされ愕然とした。自分自身どうすることも出来ない無力感を抱きしめたまま、日々の雑然さの中、流されもがきながら、自分自身の生活に追われ生きてきた。
その中でのWFPとの邂逅は、私の救いの神のようだった。その時期に《ハチドリのひとしずく》という民話にも巡り合ったのである。正しく今自分に出来ることをすればいいのである。私の心にかかっていた靄はすっきり晴れ渡った。

片山大介参議院議員

~10月の講座から~
私の古くからの友人であるT氏に紹介を受け、片山参議院議員と知り合った。8月の末だったと記憶している。それからメールや電話で何回かやり取りの末、志澤塾で講義をしていただく運びとなった。せっかくの機会ということもあり密を避ける意味でも、出来るだけ多くの人が聞けるチャンスを、と思いパナホームの大会議室で、充分ディスタンスを取り開催した。
片山議員は慶応義塾大学を卒業後、NHKに入社され社会部の記者として日本各地に赴き、取材活動を展開され、平成28年日本維新の会から参議院選挙に出馬され、見事当選され今日に至っておられる。お父様は有名な「片山虎之助」氏でいわゆる二世議員である。
発足間もない菅内閣についても、デジタル省の設置、携帯電話料金の値下げ、不妊治療の保険適用等々の施策を高く評価された。また衆議院解散についても触れられ、来年1月末か、もしくは予算の成立を見て行われるとの見解であった。また大阪都構想の是非を問う住民投票は、世論調査では賛成の方が多いが全く予断を許さない状況であり、蓋を開けてみないと分からないと言われた。コロナについてリスクゼロは難しいが、共生しながら三密対策をしっかりとれば、コントロールは可能である。検査体制を充実させ、重症化を防ぐことが重要である。NHKの記者時代は長きに亘って皇室担当だったこともあり、皇位継承については深く関心はあるが、中々困難な部分があり、国民の象徴である天皇陛下には健やかに過ごしてほしいと結ばれた。
私は最後の質問を終え議員に「自民党と二大政党にはなれないが、せめて連立を組むくらいの勢力を広げ、日本をどうか明るい未来が見える国にして欲しい」とお願いをして、秋本番の爽やかな季節にふさわしい講座は終了した。

金木犀再び

この時期になると何処からともなく、金木犀のあの甘酸っぱい香りが漂ってくる。例年なら金木犀の香りとともに祭囃子が耳に響いてくるのであるが、今年はそれは聞こえてこない。祭り好きの播州人はさぞ口惜しい想いをしていることであろう。街のマスク姿にも慣れ違和感を覚えなくなってきた。この先どのようにコロナが終息していくか?誰にも予想できないが、人類は幾たびかの危機を《知恵》と《情痴》で乗り越えてきた。
金木犀の香りを楽しみながら、この先をゆっくり眺めていこうと思う。