石見利勝氏第二章

緊急事態宣言が解除されたのを機に、10月から塾を再講した。講師は7月に続いて、前姫路市長石見利勝氏にお願いをした。
石見氏は地元の姫路西高から京都大学に進まれ都市工学を専攻し、その知識と研究成果を活かされ、建設省にも一時席を置かれたのち、立命館大学の教授を経て、平成15年姫路市長に見事選ばれ、4期16年の長きに亘って姫路市のみならず周辺都市の活性化に尽力された。
前回は姫路の歴史について我々が知らない事実を教えてもらい、今回は4期16年の姫路市長としての実績を備えた活動についてお話を賜った。《幸せ・感動・夢ある姫路を目指して~共生の街づくり・一人ひとりが主役(全員参加)の街づくり》を基本コンセプトに街づくりを展開された。先ず《幸せのまち》創りについて、具体的に例を挙げると、先端医療技術を兼ね備えた「県立病院の誘致」、生涯現役プロジェクトを展開されシルバーファッションショーを開催された。また学校施設の耐震化100%・中学校全員の給食・新美化センターエコパークの供用。感動の街づくりとしては、大河ドラマ「軍師官兵衛」の誘致・B-1グランプリの開催・姫路城の大修理・姫路城マラソン。夢ある街づくりとしては、姫路駅周辺整備事業・JRと交渉し新しく別所駅・はりま勝原駅・姫路東駅の設置。等々数え上げたらきりがないほど多くの事業を姫路市のため、ひいてはその周辺都市のために尽力された。
講義終了後意地悪な「現姫路市長清元氏は後継者としてはいかがですか?」と質問すると、「あまり私の意見は聞きませんね、まあその方が良いのでは」と笑って答えらた。今は趣味の畑づくりと好きなゴルフを時々気の合った友人とされているとか。お元気で姫路の行く末を見守って下さい、と願うばかりである。

香山廣紀氏の朝

彼は夜、入浴後ヤクルトを飲みナイトクリームを顔に塗って、4種類のストレッチをした後、概ね9時過ぎにはベッドに入る。それから読書。主に文庫本を読むのであるが、江戸時代市街に巻き起こす一般庶民を題材にした物語が多い。月当たり大体7~8冊程度読んでいる。そして少なくとも10時半には眠る。朝は5時半から6時の間に起きる。夜中トイレには2~3回行く。これが今最大の悩みの一つである。2回なら自分の中でも納得しているが、3~4回となると自己嫌悪に落ちる。新聞広告の《ノコギリヤシ》という見出しが気になっている今日この頃である。
まず目を覚ますと彼は、眠気眼で舌ブラシを使って舌を掃除し、イソジンでうがいをする。玄関を開け新聞を取りに行く。新聞を小脇に抱えて、東の空に向かって手を合わす(これは亡くなった彼の祖母が毎朝行っていた)。
新聞をテーブルに置き、Dr斎藤から頂いたサプリメントを飲む。そうこうしていると妻が階段から降りてくる。降りてこない場合は、彼女の部屋のドアをノックする。しばらくすると朝食が運ばれてくる。メニューは、卵焼き、食パン一切れ、ヨーグルト、バナナ半分、リンゴ二切れ、そして低脂肪牛乳。この献立は365日毎朝変わることはない。たまには味噌汁に白米に干物でも食したいと思っているが、それは口が裂けても妻には言えない。ずいぶん昔に思わず口にしたところ、散々に言い負かされたのでそれっきり言えないでいる。
朝食を済ますと自分で台所に食器を運び、薬を飲む。それから歯を磨くのであるが、普通の歯ブラシで1分ほど磨き、電動歯ブラシで砂時計で計りながら3分磨き、最後は口臭を和らげる液でうがいをする。着替えた頃に妻は集配センターの倉庫で飼っている猫ちゃん《アン》を連れて帰ってくる。猫ちゃんに我々が服用しているサプリを飲ませて彼は、7時30分から始まるNHKBSの朝ドラを見る。妻はすでに散歩に出掛けていない。良いドラマかもしれないが、朝からそんなに真剣には見られない、などと愚痴を言いながら見終え、猫ちゃんに「行って来ます」と挨拶をして、彼は車で1分の会社に出勤する。すでに何人かの社員は出勤している。
手指を消毒し、検温を済ませてから自室に入りパソコンのスイッチを入れる。
こうして彼の朝は始まって行く。

散歩の途中で

先々週の土曜日の午前中、秋風に誘われて散歩に出かけた。先ず散歩コースを歩いた。中国縦貫道の側道を500mくらい歩き、Uターンし反対側の側道に沿って設けられている地域の共同墓地に立ち寄り、わが墓標を久しぶりに訪れた。もちろん並んで建っている香山家の墓にも手を合わせる。
それから山沿いの農道を行き、途中朝顔と混在するコスモスを愛でながら、隣部落の出石(イダイシ)まで足を運んだ。多少高揚する気持ちに引き摺られながら高所(コウゾ)部落からかかっている揖保川大橋を渡り、山崎町内まで足を延ばした。そこまで行くとかなり汗ばんでくる。行きつけのカフェでアイスティを一気に飲む。
一息つくと元気が湧いてくる。揖保川の堤防を歩きながら我が家に向かうことにする。するとワンボックスカーのハッチバックをオープンにし、ビール片手に弁当を食べている釣り人に出会った。揖保川と言えば当然鮎釣りである。鮎は友釣りという方法を用いる。友釣りとは、鮎の習性を活用した釣り方で、鮎は群れを成して行動するのだが、釣り人があらかじめ釣り糸に自分が用意した鮎を取り付け、群れを成していた鮎がそのおとりの鮎を攻撃する。おとり鮎と一緒に何本かの針を重りと一緒にたらし、攻撃してきた鮎がそれに引っかかって釣れるという漁法である。
 《飛騨傘の 太公望や 鮎跳ねる》(拙作)
その釣り人に、本日の釣りの成果を尋ねる。4匹釣れたそうである。昨日は坊主だったと教えてくれる。播磨町から来ているとのこと。播磨町と言えば瀬戸内海に面した町である。釣りには事欠かないはずだが、釣りなら何でも、という訳にはいかないらしい。やはり鮎釣りは格別の趣があるとのこと。願寿寺の裏道を通ると我が家も近い。ちょうどお昼前。家内にお願いをして久しぶりに素麵を頂く。勿論《揖保乃糸》である。
   歩行距離 6.5キロ   総歩数15650歩

自由民主党総裁選雑感

自由民主党の総裁選が執り行われ、第27代総裁に岸田文雄氏が選ばれた。下馬評を覆す圧倒的な勝利だった。一週間前までは河野氏の優勢が伝えられていたが、投票日が近付くにつれて岸田氏が盛り返し、結果大勝利し自民党の新総裁に就いた。河野氏は議員票も高市氏に30票近く差を付けられ、地方票は多かったものの、決選投票において惨敗した。
今思うに小泉純一郎は凄い人物だった。~自民党をぶっ潰す~とうたい、当時橋本龍太郎に選挙をさせず総裁、総理の道を進み、公約である郵政民営化を成し遂げてしまった。河野氏にはそれが欠如していた。今までの持論を押し曲げ、例えば原発廃止についてもトークダウンし、河野氏の色が全く褪せてしまい、この結果を招いてしまった。変人河野を通すべきであった。岸田氏が新総裁に決まってから、皮肉にも株は大幅安になり、先行きの不透明さを占っているようなものである。口の悪い評論家たちは、安倍忖度内閣とか、3Aの亡霊内閣とか騒いでいるが、と言って具体論は発しない無責任な先生たちである。
私見を述べるなら、このまま無難に傷口に絆創膏を貼って、時をいたずらに過ごしてゆく内閣が想像できる。コロナ禍、経済対策、行政改革、教育改革、環境対策、近隣の諸外国を含めた外交問題‥‥課題は山積している。岸田氏は、自分のことを、人の話を聞くのが長所、国民の声を聴き政治に反映したい、などともっともらしいことを述べているが、裏を返せば自分の考え、哲学がないということを証明しているようなものだ。直ちに実行してほしい。第一優先はコロナ対策である。インフルエンザの状態にまで速やかに持っていかねばならない。ワクチン、および治療薬の開発が最優先事項である。
期待をしないで見守ることにしよう、立憲民主党を含めた野党よりはましだから…