娘住む ウィーンの天気 雪模様

長女が日本を離れてかれこれ十数年が経過した。最初はドイツの学校に入学しドイツ語を学んだ後、ウィーンにある音楽大学へと進んだ。岡山の音楽大学を卒業し、大学院、専門課程を終え、少しは音楽活動をしていたが、本格的に音楽を学び直したいと言って、二十六歳位の時に日本をあとにした。
彼女は全てにおいて自分自身で調べ、その進路についても決断をした。私たち夫婦は音楽の世界は全くの無知であったため、適切なアドバイスをすることが出来ず、その負担は彼女にかかった。
「お父さん、どう思う?」と時々は相談をしてくれたが、その時はもう自分で決めており、確認のようなものであった。
彼女と音楽との出会いは、小学四年生の頃と記憶しているが、少女オペラの主役に選ばれたのがきっかけであった。そこから彼女の挑戦が始まり、四十歳を過ぎた今も続いているのである。オペラ歌手としての自立はさすがに諦めたようだが、ウィーンにいる日本人の子供たちに、歌を通じて情操教育を行ったり、オーストリア人の子供たちには歌と日本語を教えている。また時には仲間たちとミニコンサートを催し、日本歌曲を紹介するとオーストリア人には大変喜ばれるとのことである。一年ほど前、一緒に住んでいる彼に日本の《尺八》を送って欲しいと依頼があり、面倒な梱包の上送ったのであるが、その尺八演奏に合わせて自分はピアノを弾きながら歌うと大好評だったそうである。
日本には二年に一度位の割合で帰ってくる。
四年前に帰国した時、ギャラリー《ルネッサンススクエア》でコンサートを開いたのであるが、私も歌劇の中で父親役として出演した。
家内は三回ウィーンを訪れているが、私は一度も行ったことがなかったので、パナホーム兵庫の社長を辞した年にイタリアへ行った。その時ローマで彼女と落ち合い、一緒に二週間程イタリア各地(旅行記執筆中)を周ってからウィーンに行き、家内が人生で二番目に感動したと言うシェーンブルン宮殿を訪れたり、ザルツブルクへモーツァルトに会いに行った。彼女は日本で暮らす気はなさそうである。寂しくないと言えば嘘になるが、最近は様々な通信機器が発達し、会おうと思えばいつでも可能である。
今夜あたり《スカイプ》でふくよかな彼女とデートしてみようかな…

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