2015年1月

2015年1月も終わろうとしている。
真に、少年老い易く学成り難し、である。
2015年元旦は東京で迎えた。大晦日に紅白歌合戦を見たからである。
2日、3日は大雪のためゴルフが出来ず、箱根駅伝をテレビで観戦するも、我が母校中央大学の不甲斐なさに業を煮やす。
3日は孫が長男夫婦と一緒に我が家に来る。伊和神社に初詣の後、夜市内のレストランへ食事に出かける。倫太郎(孫)の大食漢に再び驚かされる。
5日はパナソニックエコソリュージョンズ社の初荷の挨拶を受ける。
午後、パナホーム兵庫グループの幹部たちと、恒例になっている広峰神社に参拝する。
6日は、全グループの安全祈願祭と初出式を、全社員と下請け協力会の幹部と共に山崎文化会館で執り行う。その席上で、『価値創造型企業』への脱皮を提唱する。
8日は初釜。
ゴルフは4ラウンドほどプレーしたが、光さえも見えず、混沌とした状態にある。
様々な会議やイベントをこなしながら、一ヶ月が慌しく経過しようとしている。
日本を取り巻く環境は、内も外も決して予断を許さない状況である。
地球上から当分争いは無くなりそうもない。私の命の方が先に燃え尽きそうである。
この2015年1月。新たな出会いもあったが去っていった人もあった。
残された11ヶ月。私的にも公的にも波乱を呼び起こしそうな予感がしている。
志澤塾も3年目に入る。
下山の道筋はついているが、果たして自分が望むように下山できるか?
この1年は意味の在る年になりそうである。

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