歴史シリーズ~樋口一葉~

女性で初めて紙幣のモデルになり、若くして命を落とした天才的女流作家樋口一葉について調べてみた。彼女の文学的素養は祖父である八左衛門の血を引いている。父則義も早くから娘の才能を見抜き、当時の歌塾『萩の舎』に入門させ、そこで一葉は伊東夏子や田辺龍子らと出会い、親友として一緒に高い教養を身に付けていった。しかしながら、父が事業に失敗し多額の借金を残して亡くなり、その返済に追われ極貧生活を余儀なくされる。それから母と妹たちの針仕事に支えられ、執筆活動に専念する。
出世作は、幸田露伴に影響を受けた『うもれ木』であるが、それまでにも数多くの作品『闇桜』『別れ霜』『たま欅』『五月雨』等々を文壇に発表している。
1896年11月23日、僅か24歳6ヶ月の人生であった。亡くなるまでの2年間は、肺結核を患い満身創痍で血を吐きながら筆を取り、まともに背中を伸ばすことすら出来なかったと言われている。命を削りながら執筆し立て続けに発表した『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』は文壇で大絶賛を博した。特に「文芸倶楽部」に掲載された『たけくらべ』は、森鴎外、幸田露伴、齋藤緑雨から激賞され、鴎外は「この人にまことの詩人という称をおくることを惜しまざるなし」と、一葉を褒め称えている。
時は流れ、一葉が亡くなってから108年後の2004年11月1日に、新渡戸稲造に代わって五千円紙幣のデザインとして我々の前に再び姿を現した。勿論、女性が紙幣として使用されるのは初めての事である。
男女平等を謳う社会の潮流によって、紙幣にも女性を採用しようという動きが強まり、様々に検討されたが、貧しい生活の中にも凛とした作品を残している、という理由で選ばれた。他にも、紫式部、清少納言、与謝野晶子などが候補に挙がったそうであるが、最終的に映像も残っており、彼女の生き方そのものが評価されたようである。男性の場合は皺や髭があり、紙幣として印刷は細かな作業が必要だが、逆に偽札が作りづらいというメリットがあるが、一葉は若くして亡くなった事もあり、皺などがないため偽札防止には苦労をしたとの事である。
1世紀も経過してから、まさか自分自身がお札のモデルになるなどとは夢にも思わなかったであろう。改めて一葉の冥福を祈る気持ちで作品を読み直してみたい。

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