無量山願寿寺住職 藤井章乗氏のお話

私の自宅から少し大きな声を発すれば届きそうな所に、願寿寺は位置している。伽藍も立派で築後150年位経過しているとのこと。開祖となると450年前、桃山時代にまで遡り、現章乗住職で18代目に当たるそうである。当時はほとんどのお寺は塾としての存在で、その後時代を経て寺として変遷していった。
子供の頃私たちは境内でソフトボールをしたり、ご本堂の屋根裏に登ったり、また見つからないように池の鯉を釣ったりして遊んだものである。時々は今の住職のお父さん(今年92歳で亡くなられた)慧乗前住職にお目玉を食らったこともあった。
仏教は聖徳太子の時代に大陸から伝来したのであるが、当時仏教は貴族や武士やまたお坊様の間でしか共有されていなかったのであるが、法然上人や親鸞の出現でその教えは一般庶民の中にも浸透していくのである。幾度かの迫害に遭いながらも浄土真宗は、親鸞から蓮如へと受け継がれ、今日に至っている。
章乗住職のお話は、私の想像を遥かに超える深い内容だった。
我々は【縁】の中で生かされている、その【縁】に感謝し仏様に帰依することが大切であり、人間が生きていく証であり価値がそこに存在するのである。
一言でいえば上記の如くである。
その考えは宇宙観そのものであり、《空》《無》に酷似する部分が多い。
我々は【縁】の中で命を頂いている。我々だけでなく自然界全ての生き物に命がある。はたしてあと何年その命を頂き続けるかは誰も知る由もないが、その時まで生きてみようと思う。

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