平成から令和へ

宮古島にて令和を迎えている。今年の初めに宮古島行きのスケジュールを立てたときに、新しい元号になることは分かっていたが、その新元号が『令和』になることはむろん知るところではなかった。そして今現実として、平成から令和に時代が変わっていく激動を身をもって実感している。しかも私の身の回りには私を知る人間はいない。
テレビやマスコミでこれまで幾度となくその時代の変遷について報道が行われたので、私は自分自身のことのみについて記そうと思う。私は昭和23年7月6日にこの世に生を受けた。幼年期は病弱だった。両親のお陰で今日まで命を頂いている。大学を卒業と同時に父が起こした八幡建設に就職し、結婚もした。一女二男の子供に恵まれ、長女は遠くオーストリアで生活をしており、もう20年近くになる。長男はパナホーム兵庫の経営を、次男はウエルネス兵庫の経営を執り行っている。私が本格的に経営者の仲間入りをしたのは、35歳の時に当時八幡ナショナルの再建を託されてからである。
63歳で社長を退くまで28年間経営の第一線に立ち続けた。決して順風満帆ではなかった。一度赤字を経験したが、50歳を過ぎる頃にはおぼろげながら事業経営とは?が分かりかけた。私はいろんな人に巡り合い恩恵を享受させて頂いた。結論的に述べるなら、事業経営は人間が織りなすドラマであり、人間を理解することが原点である。
私に影響を及ぼした出来事は数え上げればきりがないが、第一はJC青年会議所である。奉仕という私には無かった概念を埋め込んでくれた。第二はSTM研修である。人間は認め合って生きていくのである。第三は水口先生との邂逅である。潜在意識と顕在意識を体験させていただいた。書物としては①田中要人『社長業の実務』②坂の上の雲③ローマ人の物語のみとする。
私は典型的な凡人である。しかし他の人と違ったのは、私の置かれた環境から逃避出来ないと腹を括っていたことである。ならば自分自身のために、そして私の身の回りの人たちのために自分の全てを注ぎ込もうとしてきた。
私の命はあと10年くらいである。次の新しい元号は見ることはない。今は令和を楽しんでみようと思っている。
~令和元年5月3日宮古島にて記す~

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