小池君の事

小池とは52年の付き合いになる。故に女房より長い。
以前は一年おきくらいにお互いが、彼が居を構えている神奈川の藤沢と私の住まいする兵庫とを行き来してゴルフを楽しんだが、ここ20年くらいは途切れている。時々私が上京する際に時間が合えば食事をする程度である。私は毎年この時期になると素麺を送る。彼は黒帯がたいそう気に入っている。彼は私と同じく下戸である。ここで迷言を紹介する。「おい香山、せめてビールがサイダーくらい美味しかったら飲むんだけどさあ、不味いは酔うは良いとこないよなあ」。私の愛読書の一つ「坂の上の雲」を薦めたのも小池である。
彼との出会いは、私が中央大学に入学して間もない頃、何処で嗅ぎつけたのか知らないが「お前麻雀詳しいらしいな、俺たちにも教えろ」と言って、杉山と二人でやってきたのが始まりである。半年もしないうちに彼は私と同格くらいになり、一年後には完全に追い越されてしまった。片や杉山は卒業まで私を超えることは出来なかった。(杉山の事はいずれそのうち記す)
ある時小池が「ダンスパーティーに行かないか?」と誘ってきたので二人で出かけたのであるが、初めてだった二人は当然のごとく、《ジルバ》も《タンゴ》も《ブルース》も全く踊ることは出来ない。所謂《壁の花》状態であった。それから半年くらいたって、また彼が「ダンパ(そう呼んでいた)に行かないか」と言ってきた。あまり気乗りはしなかったが、せっかくなので出かけたのであるが、なんとやつは全てのダンスをカッコよく踊りこなすのである。聞いてみると、あれからダンス教室に通い習ったのだという。やられた、と私は愕然とした。私はそれ以来大学卒業まで一度もダンパには行かなかった。ダンスの時もそうであるが《ビリヤード》の時も全く同じ展開だった。
神奈川県下一の進学校である『湘南高校』卒の彼は勉学面においてももちろん遠く及ばなかった。唯一私に勝てないのはゴルフである。それは口にこそ出さないが彼も心の中で認めているようだ。
新幹線の特殊部品を製作している、所謂オンリーワン企業の小池製作所は早々と弟に委ね、今は鎌倉雪ノ下で奥様とお茶屋さんを営んでいる。土日は特に忙しいのでお店に出ているが、ウィークデーは比較的余裕があるので、ゴルフを楽しんでいるようだ。ちなみに名門戸塚カントリーのメンバーである。1ヶ月に一度くらいはどちらからでもなく電話でバカ話をし、近況を確かめ合っている。
全く異質で合わない二人だがこの不思議な付き合いは、どちらかがこの世にいなくなるまで続きそうである。

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