淡路島私考

    淡路島かよふ千鳥の鳴く声に
        いく夜寝覚めぬ須磨の関守(源兼昌)
 
淡路島について調べてみた。
淡路島は南北53㎞、東西22㎞、周囲203㎞、面積590平方キロメートルで、瀬戸内海に位置する温暖で風光明媚な島で、人口は13万人、沖縄本島に次いで2番目である。兵庫県明石市と繋ぐ明石海峡大橋は全長3911mで、世界一のつり橋である。また四国とも大鳴門大橋で繋がっており、その橋下に渦巻く「鳴門の渦潮」は世界最大級の規模で毎日観潮船が就航しており、我々も間近で観ることが出来る。
古事記によると、天の神様たちは、イザナギノミコトとイザナミノミコトに矛を授け、国づくりをお命じになった。二人は下界の海水をゴロゴロと掻き回してから、矛を引き上げると海水が滴り落ち、その雫でオノゴロ島が生まれ、それが淡路島となって日本列島が創造され、そこから世界が誕生したと伝えられる。
江戸時代になると蜂須賀家が治める阿波の国(現徳島県)の領地となるが、その関係は極めて良好で対等的な立場で続いたが、幕末近くになると様々な思惑が交錯し軋轢が生じ始めた。明治になると庚申事変、所謂稲田騒動が勃発し、稲田氏側に多大な死傷者が出、遠く東北の地に逃れた者もあって、その確執は決定的になり、それを機に1876年兵庫県に編入された。
淡路はまた多くの文化人や高田屋嘉兵衛を初めとする経済人を輩出しており、神代の時代から今日に至るまで歴史的に興味の深い島である。食べ物も豊富で、玉葱は勿論びわ・シラス・海栗・鱧そして淡路ビーフ。淡路瓦も有名で線香も全国トップシェアである。
忘れてはいけないのは、1995年1月17日5時46分に発生した、淡路北淡を震源地とする《阪神淡路大震災》である。私は当時パナホーム兵庫の社長だった。営業部長と設計部長と三人で、タコフェリーに乗り、震災服に身を包みリュックを背負って現場視察に出掛けた。その惨状は今でも目に焼き付いている。地元やメーカーの依頼を受け少しでも復興のお手伝いが出来ればと思い、淡路に出張所を開設した。その期間は3年に及んだ。
この間淡路で久しぶりに人形浄瑠璃を観る機会を得た。室町時代に始まったとされており、三条八幡神社に発祥の碑がある。黒子に身を窶した三人の息の合った見事な人形使いにただ見とれて半日を過ごした。
無性に日愛の名物名代きつねうどんが食べたくなった。

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