お写経

先日久しぶりにお写経をした。世の中が新型コロナウイルス禍で混沌としているのと、我々のグループ企業の業績も振るわないこともあり、祈りを込めて行った。
私とお写経との関係は因縁めいたものがある。今から遡ること20年。西暦2000年にあまり深い考えもなく、パナホーム兵庫の社長時代にスケジュールを一週間ほど調整し車でお遍路に出かけた。札所を廻って行くにつれ、当初思いもよらなかった精神的抑圧に耐えられなくなり、53番でリタイアせざるを得なくなった。半年遅れで残り35番を打ち、高野山にお礼と報告にも行かせて頂いた。
しかしながら私の心の空洞は埋めることが出来ずお写経を始めたのである。仏教の世界では1000が一つの区切りになっているので、目標枚数を1000枚とした。期間も5年としたが、結局成就には8年の月日を要した。
《観自在菩薩行深般若波羅蜜多》で始まる266文字の『魔訶般若波羅蜜多心経』は正しく小宇宙の世界である。
般若心経の教えは一言で言うなれば”とらわれない心””かたよらない心”“こだわらない心“、すなわち「色即是空」《空》というまことに簡単明瞭な教えである。
しかしながら、それを自分自身に置き換えてみると果たしてどうであろう。特に私などは”とらわれてばっかし””かたよりの固まり””こだわりっぱなし”である。しかし、最近は「それでもいいじゃないか」と半ば居直っており、せめて朝目が覚めてどれだけ長く《空》の心で過ごせるか、「今日は1時間その気持ちで過ごせた、明日は1時間10分でいい、空の心でいよう」と思い始めた。そう思い始めることにより非常に楽になり、目の前が少しだけ明るくなった。
宇宙は150億年前にビッグバンによって創生されたと言われている。それに比べて我々の人生など針の穴ほどもない。つまらない偏見で人を判断するのはやめよう、妙な差別はやめよう、民族紛争や宗教戦争など地球上からなくなってほしい。
かつて私は下手な文字で書いたお写経を差し上げたことがある。私の友人が大動脈瘤の手術の前日に病室に持参した《病気平癒》と記して。娘がウィーンに旅立つ日に持たせた《大願成就》としたためて。1000枚のお写経は私の棺の中に収めてくれるよう遺言している。残された私の命が果てるまで未熟な旅は続く…

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