志澤塾開講10年

志澤塾を開講して10年の月日が経過した。
パナホーム兵庫の社長を辞したのが63歳だった。それからNPO法人志澤塾を設立し1年間の準備期間を経て開講した。志澤塾と言う名前の由来は、私が産まれ住まいする「須賀沢」辺り一帯の地名が古く播磨風土記に、《志澤の里》と記されているのを知り《志澤塾》と命名した。
設立すると計画はしたものの、何一つ成算があったわけではなかった。私が二世経営者として味わった様々な経験、例えば、戸惑い・苦しみ・挫折・憎しみ・怒り・そしてほんの少し味わった達成感を踏まて、今現在二世、三世の境遇にある人々に伝え実践を積み重ね、そうすることで事業が発展し、幸せになるお手伝いが出来ればと思いスタートしたのである。
先ず塾生を募らなければならない。募集要項や塾の案内を作成し、私自身には信頼性が乏しいのは自覚していたので、各方面で活躍しておられる人々20名ほどに専属講師をお願いした。お願いをした講師の人はすべて快く賛同を頂いた。早速講師名簿とその講師の略歴などを紹介したパンフレットを作成し、私の同年代で親しくさせて頂いている人々を訪問し、その人のご子息に入塾を推奨した。また私の手元にある種々の名簿からピックアップし、ダイレクトメールを送付した。丁度その時期に神戸新聞の取材を受け、かなり大きく取り上げて頂いた。おかげで数人の塾生の応募があった。それにプラスグループ企業の中で、次の経営トップ候補を3人ほど選び塾生として参加するように勧めた。塾生23名、講師24名で、2012年4月に発足し開講した。
基本的には月2回の講座を開催している。スタッフは事務員と私二人である。受講料金は年間10万円である。私はもちろん無報酬だが、そのくらいの受講料では事務員の給料も補えない。微々たるものであるが講師にも謝礼が必要である。その補填はヤハタホールディング(株)と私が補っている。
志澤塾を立ち上げてよかったことが二つある。一つは、グループ企業を客観的に捉えることが出来る。もう一つは、私個人に関することだが生きる支えになっている。私の周辺において社長を引退しても相も変わらず毎日の如く出社している光景をよく目や耳にする。
あと2~3年でまた私は新しい生き方を模索し、宇宙から与えられた命の続く限り生きていこうと思っている。

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