誰がなんと言っても、もう

2013年12月25日11時32分、香山家の家族の一員である、愛猫《クロちゃん》が永眠した。9歳と8ヶ月の人生だった。
隣家に迷い込んだ野良ネコだったが、私たち夫婦が以前に飼っていたネコを、可愛がっていたことを覚えていて、香山家に貰われてきた。《クロ》という名前の由来は、単純に黒猫だったこともあるが、その時点で飼っていた柴犬の名前が《官兵衛》と名づけていたので、「黒田」から捩って《クロ》と命名した。
手のひらに乗るくらい小さくて軽かった。かかり付けの病院へ家内が連れて行くと、「今晩水でも牛乳でも何でもいいから口にしたら生きる」と言われた。果たして彼女は、牛乳を少しだけ舐め、口にした。
それからは箱入り娘として、一歩も外に出すことなく家族として育てた。
時々、私たちに何も告げず姿を消すことがあった。一晩中探し回り、疲れ果てて自宅に戻ってみると、何食わぬ顔をしてちょこんとテーブルの上に座っている。
朝寝を貪っていると、痺れを切らし起こしに来た。私とはあまり一緒に寝てはくれなかったが、家内とは度々眠っていた。そのたびごとに軽い嫉妬に襲われた。新聞はよく取りに行き、「持って」と言うと、小脇に抱えるように持った。
2年前家内が、鼻の横の腫れに気付き病院で精密検査をしたところ、『肉腫』と診断され、余命2~3ヶ月と、言い渡された。前のネコちゃんは「白血病」で亡くなった。私たちはよほどネコには縁が無いと、落ち込んだ。
私は、藁にも縋る思いで齋藤先生に相談をした。
先生は早速ハーバード大学からサプリメントを取り寄せ、私たちの手許に送っていただいた。2~3ヶ月もするとその効果は現れ始め、内臓に転移していたがん細胞は消えてしまい、病院の先生を驚かせた。半年前からは、薬と治療器具を送っていただいた。
食欲も出てきて一日の食事も、秋刀魚一匹と卵一個くらいまで回復し、体重も増え、私たちはかすかな希望を持ち始めていた。
発作は12月22日に起こった。いつものように食事を済ました後、30分ほどしてからの出来事だった。病院へ連れて行き、応急処置をしていただいたが、息を引き取るまで殆ど寝たきりだった。
22日23日は、家内は居間のコタツで一緒に休んだが、24日は自分の部屋で同じ布団で眠った。涙の中で25日にお通夜を、26日にお葬式を二人で執り行った。
斎場で火葬してもらい、収骨も済ませ、今は食事のテーブルの上に写真と共に飾っている。
起こしに来ることもないし、階段を降りていっても『まあ~』と纏わることもない。新聞も一人で取りに行かねばならない。それでも朝は、《クロちゃんおはよう》で始まる。
誰がなんと言っても、もう二度とネコは飼わないだろう。

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