カエサルの遺言

カエサル(英語名シーザー)は紀元前44年3月15日に元老院議事堂において、ブルータスはじめ7~8人の元老院の手によってマントの中に隠し持った短剣で刺殺された。56年の生涯だった。7年前、《古代ローマを訪ねる》と言うテーマでイタリアを旅したことがある。その時案内して頂いた日本人ガイドに、その場所に連れて行ってもらった。そして荼毘に付された所にも行った。そこには今でも献花されている。
ギリシャは哲学で国を治め、ユダヤは宗教で国をリードし、ローマは法で国を統治した。亡くなったカエサルの身辺を整理していると、果たして遺言書が存在していた。カエサルは自分の命は10年後に尽きると想定していた。早すぎた死ではあるが、ローマは法治国家である。個人の最後の意志を尊重しなければならない。様々な項目の中に後継者が記されていた。カエサルが自分の後継者に指名した人物を見て、遺言執行人の誰もが目を疑った。果たしてその人物の名は二十歳にも満たない病弱な「オクタヴィアヌス」だった。一般的にはオクタヴィアヌスはカエサルの甥とされているが、正式にはカエサルの妹の孫であるからカエサルは大叔父にあたる。カエサルはオクタヴィアヌスの資質を早くから認め、広大なローマの統治全てを彼に託したのである。但し彼が戦下手であることも認知しており、戦に関しては「アグリッパ」がその指揮を執るようにと付け加えている。その二人のコンビは絶妙に発揮され、オクタヴィアヌスはアウグストスと言う称号と共に初代皇帝の座に就き、カエサルが成しえなかった統治形態を築き上げ、その後476年ローマ帝国が滅ぶまで、様々に紆余曲折を経ながらも続いていくのである。
20年以上前に《塩野七生》女史の『ローマ人の物語』に出会い、その中でカエサルを紹介して頂いた。私は世界史上カエサルほどの天才に会ったことがない。塩野女史もカエサルを慕いローマを永住の地としている。カエサルは森羅万象宇宙に存在するもの全てがわかっていた。カエサルは数多くの名言を我々に残している。最も好きな言葉は『人間は見たいと欲するものしか見ない』である。正しくカエサルの遺言である。
昨年父が91歳で亡くなった。生前中に私の唯一の願いを聞き入れてくれた。遺言書の作成である。そのおかげでスムーズに相続を執行することが出来た。私もカエサルに因んでそろそろ遺言書をしたためようと思っている。

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熱血弁護士再び登場

8月の講座は三浦弁護士にお願いをした。彼との間には一切の損得関係は存在していない。グループのどの企業の顧問弁護士でもない。不思議なご縁で今日まで続いている。
これまでの様々な依頼や相談などの事件を踏まえて税理士業務(弁護士資格があれば税理士業務も行うことが出来る)を始められたとの事。
先ず《お金持ちの定義》について彼は、「お金持ちとはお金に不自由しない人の事を指し、例えば月収10万円の人でも不自由を感じなければお金持ちで、月収100万円の人でも不自由と思うならば、決してお金持ちとは言えない」。お金は魔物である。「企業の経営者は事業運営は勿論だが金銭感覚を身に着けなければならない」「部門別経理の勧め、自社で経理帳簿の作成」「顧問税理士の言葉を鵜呑みにしてはならない、自分自身で現状を把握し、判断する能力を身に着けなければならない」「危機管理は出来ていますか、災害はいつ発生するかわかりませんよ、消費税は来年には上がりますよ、20年にオリンピックは終わりますよ、前回の東京オリンピックの後に不況に見舞われました」
三浦弁護士はどことなく応援したくなる人間性を醸し出している。来年も岡山大学の医学部を受験するそうである。彼が言う、日々感謝の心を忘れず、前向きに残された人生を生きて行こうと改めて知らされた8月の午後だった。

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さよなら官兵衛

8月17日、PM5時半過ぎに目が覚め、習慣化しているようにカーテンを覗き照明のスイッチを入れた。官兵衛が住む犬部屋を確認するためである。目を凝らしてみると呼吸をしているように見えない。寝ぼけ眼をもう一度擦り直してみても状況は同じである。サッシュのカギを開け犬部屋に降りてお腹や背中をさすりながら名前を呼んでみたが反応はない。急いで家内を起こそうと思い階段を上がりかけたが、その異変に気が付いたのか二階から家内が降りてきた。
二人で《かんべえ》《かんべえ》と連呼したが目を覚ますことはなかった。その間どのくらいの時間が経過したかは記憶にないが、家内と二人でオシメをはずしてウエットティシュで綺麗に官兵衛の体を拭き、物置から段ボールを探し出して棺にした。
斎場に電話を入れると10時までに来て欲しいと言われる。お花を買い求めて棺一杯に飾り二人でお経をあげる。もう少し一緒にいたかったが、季節もこの暑さであるし、斎場のスケジュールも考慮し我々は斎場へと向かった。収骨は1時間後に執り行った。
カーコ(猫ちゃん)クロちゃん(猫ちゃん)サンタ(柴犬)そして官兵衛(柴犬)
私たちは4人の子供たちを見送ったことになる。みんないい子だった。みんな好きだった。みんな可愛かった。我々の年齢を考慮すると、もう二度と子供と暮らすことはないと思う。
今朝も起きた時、カーテン越しに官兵衛が暮らした部屋を覗いてしまった。
15年と5か月の生涯だった。さよなら官兵衛、向こうに着いたら私達の子供と仲良く遊んでね。

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27回目の宝塚

今年の宝塚へのお墓参りは11日に執り行った。
27年前43歳の時に草津駅のプラットホームで、下りの特急に撥ねられ亡くなった友人Ⅿ君の供養のためであるが、その間一度も途切れることなしに続けられている。
川西に住むK君は毎回ミニバイクでやって来る。同志社を卒業後、当時では稀であった外資系の製薬会社に入り、5年を残し早期退職し読書や旅行など、家族と楽しんでいる。
奈良に住むⅯ君は私鉄を乗り継ぎやって来る。大阪市立大学を卒業後、趣味も生かして近畿ツーリストに入社し、様々に紆余曲折の末、今も銀行の窓口で嘱託として勤務している。仲間内ではもっとも人が善く、彼を悪く言うものはいない。
姫路に住まいするT君は、技工士の専門学校に進み、長年こつこつと歯の仕事を積み重ね、今は息子がその家業を継ぎ、特別忙しいときには手伝うとのこと。
山崎に居るK君は龍谷大学を卒業後、長男ということもあり地元の企業に就職し、定年を迎えるや一念発起し、母校である龍谷大学の大学院に入学し、仏教と英語を学び直した。
お墓参りを終えると、恒例行事である宝塚ホテルの談話室で近況を語り合う。その場に、東京に住まいするH君が電話で参加する。H君は我々の仲間では最も優秀で、京都大学を卒業後日産自動車に入り、将来を嘱望されていたが、ゴーンショックでその道から外れ、ファイナンス会社を経由し、一時は体調を壊していたが、今は趣味の俳句でメキメキその才能が開花し、同人雑誌の編集長を任されている。私の俳句の師でもある。
同級生であるから当たり前だが皆全て《古稀》である。だがその一瞬だけ半世紀以上昔にタイムスリップする。
他愛のない会話は終わることなく続く。あと何年かな?と、誰もが心の中で思いながら……

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当世野球気質

今、夏の甲子園真っ盛りである。
今年は100回を記念して参加チームは史上最高の56チームである。またイベントとして毎日、かつて甲子園を沸かした元球児レジェンド達が代わるがわる始球式を行うそうである。初日は松井(星稜)が行い、他には桑田(PL)、定岡(鹿児島実業)、牛島(浪商)、谷繁(江の川)、水野(池田)、坂東(徳島商)、太田幸司(三沢)また珍しいところでは中西太も行うとの事。高校野球ファンでなくともワクワクするメンバーである。
新しく延長13回から「タイムブレーク」制度が今大会から導入されることになり、《佐久長聖》と《旭川大》は初めてその制度で戦い佐久長聖が勝利した。
片やプロ野球、特にセリーグは広島が今年も独走態勢である。巨人も阪神も全くだらしないの一言に尽きる。両チームとも優勝するだけのチーム力は兼ね備えていると思うが、充分に発揮されていない。監督、コーチ並びに球団が勝ち方を忘れているような気がしてならない。特に両監督とも、人間とは?が理解できていない。だから選手の起用法が理に適っていない。指導者として一から出直して欲しい。
これは以前から気になっていたことであるが、投手の投げ方である。ランナーもいないのにセットポジションで投げる投手が圧倒的に増えている。コントロール主体だからだそうだが、はたしてそれが適しているとは思えない。少し以前はほとんどが振りかぶって投球をしていた。それからノーワインドアップになり、いまやセットポジションである。球威が落ちるのは誰もが周知のことである。今一度原点に返って欲しい。特に阪神の藤浪を見ていると、長所が全く生かされていない。欠点ばかり直そうとしている、もっとダイナミックに投げて欲しい、なにせ彼は日本を代表するピッチャーだから。
その影響かどうかはわからないが、高校球児の中にも、最初からセットポジションで投げる投手が今大会で目立つように思える。
ロシアワールドサッカーは十分我々を楽しませてくれたが、やはり野球人気はまだまだ続くと思われる。そのためにも野球ファンをがっかりさせないよう、改革すべきは改革し、良いところは残し、野球関係者は野球発展のために精進して欲しい。

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悪魔の囁き

今年から参加資格を得た『グランドシニア』の兵庫地区予選に出場した。
当初は7月の5日に予定されていたのだが、先日の豪雨の影響で17日に日延べされて開催された。
5月に行われた「ミッドシニア」の予選はクリアし、城陽カントリーで決勝に臨んだが、散々たる結果で二日目にさえ進めることが出来なかった。
今回のグランドシニア大会は秘かに自信があった。出場選手では私が一番年齢も若いし、あれだけ練習を重ねてきたのだから、という自負があった。予選はおろか近畿大会においても上位に食い込み、あわよくばジャパンなどと企んでいた。
私はインスタートだった。スコアが詰まってくるとインスコア(マッチングと言う)が優先されるので、なんとしても30台、悪くても40点くらいではインは終えたかった。
10番ミドルホール・ティショット左のラフに打ち込んでボギー
11番ショートホール・ショットは完璧だったが風を読み過ぎてクラブを1番手大きめを使用したためオーバーして奥のバンカーに入れボギー
12番ロングホール・3オン2パットのパー
13番ミドルホール・アプローチ寄らず入らずボギー
14番ミドルホール・ティショット、セカンド完璧、バーディーチャンス
《ここで悪魔が囁いた》
これまで3つもオーバーしている、これ以上オーバーしたくない、このパットを沈めると2オーバーになり、この後の展開が楽になる、上りのフックライン、得意である、心を決めてパットを打った、ボールは無残にもカップの縁を通り過ぎ1メートル50センチオーバー、キャディ君に言う、上りじゃないのか?下りですよ、それでも気を取り直して打ったパットは無情にもカップの縁で止まる、痛いボギーである。
15番ミスパッドを引きずったまま打ったドライバーは大きく曲がりOB、ダブルボギー
16番ショートホール・信じられないことにバンカーの土手にキックしそのままOBゾーンへ、後は記憶が飛んでいた。インスコア49点。万事休す。
アウトは競技同伴者に迷惑をかけないように、と気を使いながら普通にラウンド、39点。
反省その一・過信は身を亡ぼす。その二・公式競技はパーで十分。その三・ドライバーの飛距離が後10ヤード足りない(同伴者で最も飛ばなかった)
今年の前半におけるゴルフは終了した。残されているのは秋の倶楽部競技である。
それに向かって、また精進する。健康で命尽きるまでゴルフを楽しみたい、と思っている。

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どうなっているの?

連日35度を超す猛暑日が続いている。高いところでは38度を超し、40度近くにまで気温は上昇している。
各地で熱中症により病院に搬送される人々が後を絶たない。
どうなっているの?
気象庁は太平洋高気圧が居座っていて動かないのが原因と言う。ではなぜ居座るの?なぜ動かないの?もっと他に根本的な原因があるのでは?と思ってしまう。
この間の豪雨といい、間断なく発生する地震といい……
何か、サムシンググレイトが起動しているのでは?と思ってしまうのは私だけ?
外の空気の色が去年までとは全く違う。濃くて《灼熱色》である。
明日はゴルフだ。
氷嚢片手にキンキンに冷えたレモンウォーターを3本くらい飲みながら、UVカットの日傘をさしてのラウンドが続く。

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即席麺開発秘話

いよいよこの秋からNHKの朝ドラで《まんぷく》が放映される。
世界で最初に即席麺を開発した、「日清食品」の安藤百福氏の妻である『仁子』女史がその物語の主人公である。
安藤家と日清食品㈱との間で悪戦苦闘し、カリスマ創業者百福氏の逆鱗に触れ何度となく退職の憂き目に会いながらも、仁子女史の取り成しで復帰し、最後は日清食品で『代表取締役副社長』まで勤め上げた「砥上」氏に今回の講座をお願いした。4度目の登壇である。
何度となく試行錯誤を繰り返しながら、蒸したり、揚げたり、戻したりを重ねながら、1958年にその完成を見るのである。宇宙食にもなっている即席麺は、今現在日本で55億食ほど生産されている。
     
開発のコンセプトは①おいしいこと②簡単に調理できること③長く保存ができること④値段を安くすること⑤安全であること、である。
瞬間油熱乾燥法の仕組みを考案し、3分待つだけで美味しい香ばしいチキンラーメンがたべられるのである。またカップラーメンも開発し、その秘訣は麺を宙ずりにすることで、よりやわらかで美味しく頂ける。世界では1000億以上食されており、もはや世界の食文化になくてはならなぬ存在である。
定かではないが、私が中学生のころ、親の目を盗み近所の悪ガキたちとインスタントラーメンを食べた記憶が今も残っている。まさかその裏にはこのような秘話が隠されているなど、当時は知る由もなかった。
10月からの朝ドラが待ち遠しい昨今である。

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桜子、お宮参りする!

昨今の様な異常気象になる少し前に、五月に誕生した孫の桜子のお宮参りを、私達夫婦が住いする地元の氏神様で執り行った。
  参列者は長男夫婦、その長男で孫の倫太朗、私たち夫婦、そして主役である桜子。
普段宮司はその神社に住いしていないので、出張してきてもらった。
午前11時に行くと準備はすでに整え、私たちを待っていてくれた。
5歳になるやんちゃ盛りの倫太朗は我々の心配をよそに、神事が始まるや急に神妙になり無事玉串奉奠も終えることが出来た。褒めてやると「やるときはやる」との事。
来年4月には年号が変わる。名称は知る由もないが、平成最後の年に誕生したことは確かである。
少なくとも今から80年以上は生きていく桜子。元気でいい人生を!と願うのみである。

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えっ、あんな可愛い子が!!

梅雨が明け、真夏の太陽が眩しく照り付けていた午後。
赤信号で私は車を停車させていた。並んで止まっていた隣の車に目を遣ると、乃木坂46にでもいそうな可愛い二十歳前後の女の子が運転している。しかし信じられない光景を目撃するのである。
女の子は、ドアを開け煙草の吸殻をポンと捨て、信号が変わるや否や何事もなかったかの如く立ち去って行った。私は一瞬自分自身の目を疑った。
その日はおりしも志澤塾のクリーン活動の日だった。

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